感覚器は知覚神経の終末装置である。
感覚器と神経系とは解剖学的にも生理学的にも密接に連繋しているので、そのいずれが欠けていても刺激の感受はできない。
◆ A. 外皮 ◆
外皮とは体の外表をおおう皮膚とその変形物(角質器と皮膚腺)の総称である。
その全体が感覚器としてだけの役割を演じているわけではないが、形態学的立場からここで取り扱う。
Ⅰ 皮膚 Skin
身体の表面をおおう数㎜~数㎝の厚さの丈夫な被膜で、感覚器としては最も原始的な状態を保っている。
その司る感覚は触覚・圧覚・痛覚・温覚・冷覚などで、機械的刺激および熱に関するもの一切を含み、他の感覚器のように特殊化したものではない。
こうした感覚器としての作用のほかに、皮膚はなお体表の保護・排泄作用・体温の調節などをいとなみ、またいわゆる皮下脂肪として栄養分を貯蔵している。
皮膚の色調は人種、男女また同一個体であっても部位により、相違がある。
このような色調の差異は、主として表皮の胚芽層の中にあるメラニン色素の多少による。
皮膚のメラニン色素が太陽の紫外線の照射に対する防衛装置であることは間違いないが、そればかりとは考えられない。
真皮の中にもメラニン色素を含む細胞(メラニン細胞)が存在する。
しかしこの細胞は皮膚に黒色を与えるのでなくて、青色を与える(蒙古斑など)。
組織の深部にある暗い色調の物体は、表面から見ると青く見える。
剃りたての頭が青いのは毛根が透視されるのであり、入れ墨を刺青というのは真皮に入った墨が青く見えるからであり、白人の眼が青いのは虹彩を透してその後面の網膜色素上皮が見えるためである。
手掌と足底の皮膚は毛がなく、その代わりに細かい隆線すなわち皮膚少稜の集団からなる理紋がみられる。
この皮膚理紋は物を握ったり、物に触れたりする際に、滑らないようにするため(汗腺が少稜の頂に開いているのも、そのため)、および感覚鋭敏にするための装置であると考えられる。
皮膚理紋はその小稜のパターンで各個人に特有、しかも生まれてから死ぬまで変わらないので、法医学上重要な意味をもっている。
皮膚理紋のうちで指にあるものを指紋、手掌や足底にあるものを掌紋、足底紋という。
〔構造〕
皮膚は粘膜と同様に3層からなっているが、各層とも粘膜よりはるかに丈夫にできていて、機械的刺激に対する抵抗力が強い。
①表皮 Epidermis
皮膚の最表層をなす重層扁平上皮で粘膜の上皮に相当している。
その細胞は基底部の胚芽層で絶えず分裂増殖している。
この部では細胞の形は立方形ないし円柱形であるが、その上の顆粒層では多角形となり、表層に行くにしたがって次第に扁平化し、ついに角化して核を失い(角質層)表面から剥げ落ちる。
いわゆる体垢は、この死滅した表皮細胞に汗や脂肪などがしみ込んだものである。
胚芽層はその細胞内にメラニン色素の顆粒を含んでいる。
これが皮膚の色調を決定する要素である。
手掌と足底の皮膚は、表皮が著しく厚く色素顆粒が少なく、また顆粒層と角質層との間に淡明層という一見、無構造の一層が介在している。
②真皮 Corium
表皮の下にある比較的厚い丈夫な層である。
粘膜の固有層に相当するもので、太い膠原繊維が密に後織した結合組織からできている。
真皮の表面から表皮に向かって無数の小突起が出ていて、これを皮膚乳頭という。
乳頭は一般の皮膚では特殊な配列を示さないが、手掌や足底の皮膚ではこれが各小稜に相当して、整然と2列に並び、その間に汗腺の導管が1列に走っている。
③皮下組織 Subcutanious tissue
最深層で、疎性結合組織からなり、皮膚を筋膜その他の深部に結び付けている。
皮下組織の中には多量の脂肪組織(皮下脂肪)を含み、栄養分の貯蔵場をなすと同時に体温の発散を防いでいる。
皮膚は一つの感覚器官であるから、知覚神経の終末装置が種々の様式でこれに分布している。
皮膚にみられる神経終末の主なもの
⒈ 自由終末 Free ending
知覚神経線維の末端が樹の枝のように分岐して表皮の中に進入し、特殊な終末装置をつくることなく終わっているものである。
神経線維は表皮の中へ進入するに先立って、その髄鞘とシュワン鞘を捨て、裸の軸索となる。
⒉ 触覚小体 Tactile corpuscle または マイスネルの小体 Meissner’s corpuscle
皮膚乳頭の中にみられる長円体状の終末装置で、長円体の短軸の方向に排列した特殊細胞の集団の中に、裸になった知覚神経線維の末端が進入して終わっている。
その長径はおよそ50㎛ほどである。
この小体は一部の乳頭にだけ存在し、小体をもたない乳頭ではその中に毛細血管のわなだけがみられる。
⒊ 層板小体 Lamellar corpuscle または ファーテル・パチニの小体 Pachinian corpuscle
真皮の深層から皮下組織にかけて存在する小体で、長円体状をしているが、かなり大きい(長さ0.5㎜前後)ので、うまく剖出すれば肉眼でも認めることができる。
指頭の皮膚に多くみられる。
神経線維の末端のはいっている中軸を取り巻いて、特殊な結合組織が層板上の構造を示している。
神経終末の種類や分布状態はどこの皮膚でも同じというわけではなく、手掌や足底(ことに指頭)では触覚小体や層板小体がよく発達しているし、また外陰部の皮膚では陰部神経小体という特殊の終末装置がみられる。
Ⅱ 皮膚腺 Cutaneous glands
すべて表皮が真皮または皮下組織の中へ陥入して出来たもので、ヒトではこれに次の3種類が分けられる。
①脂腺
皮膚の表面に皮脂を分泌してその保護をする腺である。
脂腺は毛髪に所属しており、毛包の上部に開いている。
すなわち皮脂は毛と毛包の間から皮膚の表面ににじみ出るわけである。
脂腺を欠く毛髪はほとんどないから(まつ毛には脂腺がない)、その分泌は全身的である。
手掌と足底には毛がないため脂腺もない。
しかし必ずしも毛のない所には脂腺もないというわけではなく、包皮の内面と亀頭の表面、小陰唇、乳頭などには毛と関係のない皮脂腺が認められる。
このようなものを独立脂腺といい、直接に皮膚の表面に開いている。
眼瞼腺も一種の独立皮脂であり、また口唇の赤唇縁に独立脂腺をもっている人がある。
脂腺の分泌機序は普通の腺におけるのとは異なっている。
すなわちその壁の細胞自身が脂肪化し、崩壊して皮脂となり、分泌されるのであって崩壊して失われた細胞は残存している腺細胞の分裂によって補われる。
このような腺を全分泌腺という。
これに反して、分泌の際に腺細胞の崩壊をみない通常の腺を、部分分泌腺という。
②汗腺 Sweat glands
汗を分泌して排泄作用と体温調節作用とをいとなむ腺である。
全身の皮膚に分布しているが、特に手掌・足底・腋窩・陰嚢・大陰唇などに発達が著しい。
また亀頭部や結膜のように粘膜様の性状を備えた皮膚にはみられない。
長い単一管状腺で、その腺体は糸球状にわだかまって真皮の深層または皮下組織の中にある。
導管は表皮を貫いて皮膚の表面に開いている。
導管は皮膚を貫く際にねじのように巻いているが、その意味は腺体が糸球状を呈することとともに、なお不明である。
発汗には2種類あり、全身一般の皮膚に分布するものは体温の上昇に反応して汗を出し、体表を濡らして体温を下げるものである。
これに対して手掌と足底に分布するものは、精神的な緊張に応じて汗を出すもので、体温とは全く関係がない。
手掌と足底では、全ての汗腺導管は皮膚理紋の小稜の上に一列に開口している。
この部を湿して、物に触れたり、物を握ったりするときに、手や足が滑らないようにしているのである。
汗腺にはその分泌部の構造によって2種類が区別される。
その一つは普通の部分分泌であるが、他はその腺細胞の細胞形質が部分的に崩壊して分泌物に混入するもので、すなわち一種の離出分泌腺(またはアポクリン腺)である。
アポクリン汗腺の分泌部は通常の汗腺のそれに比べるとはるかに太くて腺腔が大きいから、顕微鏡下で一見して区別される。
そのため大汗腺・小汗腺として区別されることがある。
アポクリン汗腺の分泌物には特有の臭気が有り、異性を引き付ける性的意義をもつものである。
人間では体臭の主要素をなし、特定の体部にみいだされる。
すなわち腋窩・乳頭の周囲(乳輪腺)、外耳道(外耳腺)、肛門部(肛門周囲腺)、眼瞼の睫毛付近(睫毛腺)、鼻翼などの皮膚に分布している。
特に腋窩腺は著明で、通常の汗腺と混じりあって存在する。
③乳腺 Mammary gland
乳を分泌する腺であるが、男性では退化して分泌機能をもっていない。
乳房体には、皮膚と厚い脂肪層とで包まれた乳腺がある。
乳腺は15~20個の乳腺葉の集団で、各乳腺葉は比較的多量の結合組織の中に埋まった複合管状胞状腺である。
導管すなわち乳管は各葉に一本ずつあり、開口部の近くでツボ上の乳管洞をつくったのち、各自乳頭に開く。
乳頭の基部には乳輪があり、ここに多数の乳輪腺(またはモントゴメリ腺)がある。
これは汗腺と乳腺の中間型をなす腺で、妊娠時から授乳期にかけて肥大して乳汁様の分泌物を出す。
乳頭の中には多量の平滑筋繊維が含まれているから、これに触れると反射的に収縮を起こして、乳頭の皮膚に小じわをつくる。
Ⅲ 角質器 Horny organs
表皮の角化変形したもので、人体では爪と毛がこれに属している。
①毛 Pili
体表の保護、体温の温存などの役目をもっている。
この他、ある種の動物では感覚器の働きをする毛がある(猫や鼡のひげ)。
毛には毛根と毛幹が区別される。
毛根の末端は毛球となっていて、その中に毛乳頭を含んでいる。
毛球は毛の成長を司り、毛乳頭は血管に富み、毛球に栄養分を供給している。
毛根を鞘のように包む被膜を毛包といい、内外2層からなっている。
毛を引き抜くとその根に半透明の寒天様のものが付いてくるが、これが毛包である。
毛包に脂腺と立毛筋が付属している。
・立毛筋 Arrector pili muscles
平滑筋である。
収縮すると毛を立たせて、皮膚の表面に鳥肌をつくり、また脂腺の内容を押し出す役目をもっている。
胎児の体表ははじめ一様に生毛(うぶげ)でおおわれているが、頭毛、眉毛、睫毛、鼻毛、耳毛、陰毛、腋毛、須毛(ひげ)なども発生する。
このように分化した毛を終生毛という。
毛の伸びる速さは毛の種類により、あるいは個人的、人種的、年齢的に多少の差はあるが、だいたい10日間の成長量は2~5㎜である。
一般に言って、太い毛は細い毛よりも成長速度が大きい。
毛には各々寿命があり、睫毛は約150日、眉毛は約100日、頭髪は3~5年である。
一般に毛が一定の長さに達すると成長が止まり、脱落してその毛球から新世代の毛を発生する。
②爪 Nail
指先の背面にある角質板で、体と根とを区別する。
・爪体
露出している部分で、その下層すなわち爪床は、表皮の胚芽層と真皮からなっている。
・爪根
爪の基部で、皮膚の中に埋まっている。
爪の成長は爪根と爪体基部との胚芽層によって行われる。
この成長圏は爪体の基部において白色の半月として認められることが多い。
爪の成長速度も個人的に、また年齢的に多少の差があるが、性差はない。
手の爪では20歳頃までが最も成長が速く、100日で約1㎝であるが、爪根の端から自由縁まで伸びるには、およそ4~5か月を要する。
指の長軸に直角の方向に発育するのではなく、斜めの成長線で伸びていく。