◆ C. 平衡聴覚器 ◆
平衡聴覚器は平衡覚器と聴覚器の総称で、外耳・中耳・内耳の3部からできている。
このうち外耳と中耳は聴覚器に関係しているが、内耳は聴覚器と平衡覚器の共存する場所である。
Ⅰ 外耳 External ear
外界からの音波を集めて中耳に導く漏斗状の部分で、耳介と外耳道からなる。
⒈ 耳介 Auricula
外耳孔を囲んでいる貝殻状の部分で、その中に弾性軟骨の支柱をもっている。
耳介の上後端部にみられる耳介結節(ダーウイン結節)は動物の長い耳介の先端に相当する部分である。
耳介には外耳介筋のほかに、耳介の内部に終始する内耳介筋がある。
内耳介筋はふつう6個あって、いずれも至って小さいが、横紋筋性で顔面神経の支配を受けている。
⒉ 外耳道 External auditory meatus
耳介の前下部にある外耳孔から始まり、鼓膜に終わる管状部である。
その長さは2~3㎝で、軽いS状の弯曲を描きつつ、ほぼ内側の方に向かっている。
外耳道は外側約1/3がその壁に軟骨の支柱をもっており、内側約2/3が骨性外耳道に相当する部分である。
外耳道の内面をおおう皮膚には、汗腺の変化した耳道腺がある。
腋窩汗腺に似たアポクリン腺である。
この腺の分泌物はいわゆる耳垢の主成分で、その性状が乾性で脱皮した皮膚のような人と、軟性でワセリンのような人がある。
軟性の耳垢は黄色くて苦みがある。
統計的には腋臭のある人は軟性の耳垢を分泌することが多い。
Ⅱ 中耳 Middle ear
外耳からくる音の振動を適当の強さに変えて、これを内耳に伝えるところで外耳の内側に位置している。
内耳の腔室を鼓室という。
鼓室は外耳とは鼓膜によって境され、その中に3個の耳小骨とその付属器とがはいっている。
⒈ 鼓膜 Tympanic membrane
外耳と中耳とを完全に境する薄膜で、その外観は日本紙のようである。
形はほぼ円形、直径は約1㎝、平面的な膜ではなく、すげがさ状に内側に向かって浅く凹んでいる。
その陥凹部の中心を鼓膜という。
鼓膜から上の方へ、つち骨条という白い線条が走っている。
鼓膜の内側に癒着しているつち骨柄が透視されるもので、形態学上はあまり意味のあるものではないが、臨床上重要なものである。
つち骨条の上端の上の方には鼓膜の緊張の弛んだ小野があって、これを弛緩部といい、これに対して残りの部分を緊張部という。
鼓膜は外耳道に対して直角の方向にあるのではなくて、外側面は前下外方に向いている。
このような傾斜は、おそろく激しい音の振動に対して、鼓膜の破れることを防ぐものと考えられる。
鼓膜は顕微鏡的に観察すると3層の構造をしている。
中層は放射状と輪状とに走る膠原繊維から織りなされ、外層は外耳道の皮膚の続きをなす重層扁平上皮により、また内層は鼓室の粘膜上皮の続きである単層の立方上皮によっておおわれる。
⒉ 鼓室 Tympanic cavity
側頭骨の錐体の中にある小室で、その形は非常に複雑である。
外側壁には鼓膜があってこれによって外耳と完全に隔てられ、前壁の上部には耳管が開いて(耳管鼓室口)これによって咽頭腔と通じている。
内側壁は内耳との隔壁であり、さらした骨には2個の孔(前庭窓と蝸牛窓)があり、内耳と中耳とはこの両窓によって交通しているが、自然体では前者はあぶみ骨の底により、後者は第2鼓膜によって塞がれている。
また鼓室の後壁は乳頭部に接し、その上部には乳突洞という洞窟があって、乳突蜂巣への入口になっている。
乳頭蜂巣は乳様突起の内部にある多数の小室で、その壁は極めて薄い中耳の粘膜の続きでおおわれている。
乳突蜂巣と鼓室との関係は副鼻腔と鼻腔の関係と同じである。
中耳炎は乳突炎を併発しやすい。
乳突蜂巣の存在の意味も副鼻腔と同様に骨を軽くするためであろうと思われる。
⒊ 耳小骨 Ossicula auditus とその筋
①つち骨 Malleus
②きぬた骨 Incus
③あぶみ骨 Stapes
これらはおよそ小豆粒ほどの大きさの小骨で、各々その名の示すような形をしている。
つち骨は最外側にあって鼓膜の内側面に癒着し、あぶみ骨は最内側にあってその底によって前庭窓を塞いでいる。
つち骨ときぬた骨及びきぬた骨とあぶみ骨との間は間接的に連結されており、3骨は一種のてこを形づくっている。
耳小骨には鼓膜張筋とあぶみ骨筋という2個の小筋が付着して、鼓膜を張ったり弛めたりしている。
いずれも横紋筋である。
①鼓膜張筋 Musculus tensor tympani
鼓膜張筋半管の中にある。
耳管の上をこれと並んで走り、その腱は外方に折れて、つち骨に付く。
神経:三叉神経の第3枝すなわち下顎神経の枝
作用:つち骨を内方に引いて鼓膜を緊張させる
②あぶみ骨筋 Musculus stapedius
筋体は鼓室後壁の骨質中に埋まっており、腱は骨の中から首を出してあぶみ骨に付く。
その大きさは小豆粒くらいで、人体中最小の横紋筋である。
神経:顔面神経の枝
作用:鼓膜を弛める(①と対抗筋)
⒋ 耳管 Tuba auditiva (エウスターキ(Eustachi)管)
咽頭と鼓室とを連絡する管で、これによって鼓室と外界との気圧の平衡が保たれている。
管は扁平で、安静時には管腔は塞がっており、ただ嚥下運動の時にだけ、口蓋帆張筋の作用で管腔が開いて、咽頭の方から空気が通じる。
長さは3~4㎝で、咽頭口によって咽頭鼻部の外側壁に始まり、後外方に走って鼓室口によって鼓室の前壁に開く。
その咽頭半は壁に軟骨の支柱をもっており、鼓室半は側頭骨の耳管半管の中にある。
⒌ 中耳の粘膜
鼓室と乳突蜂巣の壁、耳小骨の表面、鼓膜の内側面などはいずれも極めて薄い粘膜でおおわれ、その続きは耳管の内腔を裏づけて咽頭粘膜に連なっている。
この粘膜は蝸牛窓においては、第2鼓膜をつくって中耳と内耳とを境している。
粘膜上皮は一般に単層立方上皮であるが、耳小骨や鼓膜の表面ではとくに丈が低い。
耳管鼓室口の付近では線毛を備えている。
耳小骨は裸のまま鼓室の中に露出しているのだというような間違いをおかさないように注意する。
正常状態で骨が自由表面をもって外界に露出することはあり得ない。
Ⅲ 内耳 Internal ear
平衡覚と聴覚を感受する装置の存在するところで、平衡聴覚器の最枢要部をなし、内耳神経はここに分布している。
その位置は側頭骨の錐体の内部で、中耳の内側に接している。
前後の最大径およそ20㎜、幅およそ10㎜で、その形や構造が極めて複雑であるにかかわらず、大きさは案外小さい。
内耳の構造を一言にして表現すれば、骨質の中に閉じ込められた複雑な洞窟とその中にある膜性の管系とである。
前者を骨迷路、後者を膜迷路いう。
骨迷路の壁は緻密骨質でできているから、錐体の断面をつくるとその他の部分からかなり明瞭に区別することができ、その厚さは約2~3㎜である。
迷路の骨壁は決して錐体内に遊離しているものではなく、周囲の骨質と続いている。
内耳の中の空隙はすべて液体で満たされている。
この液体のうち、骨迷路と膜迷路との間にあるものを外リンパといい、膜迷路の内部にあるものを内リンパという。
⒈ 骨迷路 Bony labyrinth
前庭・半規管・蝸牛の3部に分けられる。
その内側は骨壁を隔てて内耳道の道底に接している。
① 前庭 Vestibulum
骨迷路の中部を占めている。
さらした骨では前庭窓によって鼓室と連絡し、また細い前庭水管によって側頭骨錐体の後面において頭蓋腔に通じている。
なお前庭の内側壁には3個の小孔があって内耳道と交通している。
自然体では前庭神経の通る所である。
② 骨半規管 Canales semicirculares
前庭の後上方に展開する3個の半輪形の管である。
その中で外側半規管は水平位にあり、前半規管と後半規管はそれぞれ錐体の軸に直角と並行に位しているから、これら3管の決定する平面は互いに直交している。
各管はその両脚で前庭に開口し、両脚の内の一脚はいずれも膨大部という膨らみをつくっている。
③ 蝸牛 Cochlea
前庭の前下方にある巻貝状の部分である。
その基底は内側すなわち内耳道のほうへ、その頂は外側すなわち鼓室の方へ向いている。
蝸牛の内腔すなわち蝸牛らせん管は前庭の前下部から始まり、約2巻半のらせんを描いたのち、蝸牛頂で盲状に終わっている。
らせんの中軸を蝸牛軸という。
蝸牛軸からはらせん管腔に向かって骨らせん板という回り階段状の板状部を出して、管を不完全に内側と外側の両部に分けている。
その外側半を前庭階といい、内側半を鼓室階という。
蝸牛らせん管は管の起始部において前庭階が前庭に、鼓室階が蝸牛窓によって鼓室に連絡しているほか、なお蝸牛小管によって頭蓋底に通じている。
⒉ 膜迷路 Membranous labyrinth
膜迷路は骨迷路の中にある管系で、だいたい骨迷路に似た形をしている。
膜迷路の各部は互いに連絡しており、その内腔はどこにも開放していないから、全体として完全な閉鎖管系で、その中に内リンパという液体を満たしている。
膜迷路には次の諸部分が区別される。
①卵形嚢 Utriculus と球形嚢 Sacculus
前庭の中にある2個の小嚢で、卵形嚢は後ろ、球形嚢は前にある。
球形嚢からは内リンパ管という細管が出て、前庭小管の中を通り、側頭骨錐体の後面で脳硬膜下の内リンパ嚢という嚢に終わっている。
卵形嚢は細い管によって内リンパ管に連絡している。
卵形嚢と球形嚢の内面には、感覚上皮細胞からなる長円形の平衡斑がある。
② 膜半規管 Membranous semicircular canals
骨半規管の中にある3個の半輪状の管で、各管は両脚で卵形嚢に連なっている。
骨半規管の膨大部の中では膜半規管もまた膨大部をつくり、その内面に感覚上皮細胞からなる膨大部稜がある。
③ 蝸牛管 Cochlear duct
蝸牛らせん管の中を走る管で、その起始部は細管によって球形嚢に連なり、末端は蝸牛頂で盲状に終わっている。
蝸牛をその骨軸の方向に切断してみると、蝸牛管は骨らせん板の自由縁から起こり、それに向かい合った蝸牛らせん管の壁に付いているから、その断面は三角形で、骨らせん板とともに、らせん管を完全に前庭階と鼓室階とに分けている。
前庭階は前庭に始まり、蝸牛の中を螺旋状に上ってついに蝸牛頂に達し、ここで鼓室階に移行する。
鼓室階は再び螺旋を描いて下り、第2鼓膜に達する。
蝸牛管の内側壁を鼓室階壁、外側壁を前庭階壁という。
鼓室階壁には感覚上皮でできた堤防状のらせん器、コルチ器があって、蝸牛管腔に向かって飛び出している。
・膜迷路の構造と内耳神経・
膜迷路の壁は一般に結合組織性の薄膜からできており、その内面は単層の扁平上皮でおおわれている。
但し上皮は平衡斑・膨大部稜・らせん器で特別の分化を示して円柱上皮となり、その多くは線毛様の毛を備えている。
内耳神経は内耳道を通ってその道底に達し、ここで内耳の内側壁に当たる骨壁を貫いて、蝸牛神経をらせん器に、前庭神経を平衡斑と膨大部稜に送っている。
蝸牛神経は蝸牛軸の中で、らせん神経節をつくり、前庭神経は内耳道の底で前庭神経節をつくっている。
Ⅳ 音響感受の機序
耳介によって集められた音波は外耳道を経て鼓膜に達し、これを振動させる。
鼓膜の振動は順次に、つち骨・きぬた骨・あぶみ骨へと伝わり、前庭窓からさらに内耳の外リンパに伝えられる。
外リンパの振動は前庭窓から前庭階を上り、蝸牛頂において鼓室階に移り、ついに第2鼓膜に達して消失する。
このようにして外リンパが振動すると内リンパに振動が伝わって、その中にある膜迷路の壁もまた振動を受けてその壁上のらせん器の感覚上皮を刺激し、その刺激は蝸牛神経によって脳に導かれる。
すなわち外耳を通ってくる気体の振動は中耳で固体の振動となり、内耳でさらに液体の振動に変わり、これがらせん器によって感受されるのである。
このほか、外耳を経過することなく、外皮や骨を経て直接に内耳に達する振動もまた音覚を生じる。
頭を掻いた場合に音が聞こえるのはその例である。
このようなものを骨伝導という。
平衡覚は主として前庭内の平衡斑と半規管内の膨大部稜において司られるもので、そのうち前者は頭部の位置感覚(頭の方向変化すなわち傾斜の感受)に、後者は頭部の運動感覚(移動の加速度の感受)にあずかる。