◆ B. 視覚器 ◆
視覚器は光を感受する器官で、眼窩の中におさめられている。
視覚器の主部をなすのは眼球で、これに眼瞼・結膜・涙器・眼筋などの副眼器が付属している。
Ⅰ 眼球 Eyeball
眼窩の内部を充たしている球形の器官。
その前後両極をそれぞれ前極、後極といい、両極を結ぶ直線を眼球軸という。
眼球軸は形態学的概念で、角膜・瞳孔・水晶体・硝子体などの光学的諸要素の中心を貫いているが、生理学的概念である視軸とは完全には一致していない。
後極のやや下内側からは視神経が眼球内に進入している。
⒈ 眼球の外郭
外から内に向かって、外膜・中膜・内膜の3層がある。
①眼球外膜 (眼球線維膜)
眼球の最外層をなす被膜で、その主部は緻密な結合組織線維でできているため、丈夫で弾性がある。
眼球外郭の支柱をなして、その形を保つとともに内容を保護している。
外膜をさらに強膜と角膜の2部に区別する。
・強膜 Sclera
眼球の大部分を包む硬い白い膜で、前は角膜に続き、後ろは眼球後極の内下側で視神経によって貫かれている。
強膜の前縁は角膜に近く強膜静脈洞(シュレム管)が輪状に走っている。
これは眼房水を吸収する場所で、毛様体静脈に続いている。
・角膜 Cornea
強膜の前に続く時計皿状の部で、透明である。
表面は眼球結膜の続きの重層扁平上皮でおおわれ、また後面は一層の立方上皮でおおわれていて、その間に結合組織性の実質がある。
自然体でいわゆる白目という部分は、強膜の前部が眼球結膜を通して見えているのであり、黒目の部分は透明な角膜を通して虹彩と瞳孔とが見えている。
顕微鏡的構造は強膜と角膜とでは大した差異はないように見える。
ところが生体においては、角膜では膠原線維と線維間物質の間に屈折率の差がないのに反し、強膜ではその差が著しくて、そこで光の乱反射や屈折が行われる。
②眼球中膜 (眼球血管膜)
軟らかい組織でできた中層で、葡萄膜ともいわれる。
血管と神経に富み、多量のメラニン色素を含んでいるために黒褐色をしている。
これをさらに脈絡膜・毛様体・虹彩の3部を区別する。
・膜絡膜 Choroidea
強膜の内面をおおい、外部からの光線を遮断する用をなすとともに、また血管の通路をなしている。
・毛様体 Ciliary body
脈絡膜の前に続く肥厚部で、輪状に水晶体を取り巻いている。
毛様体の内部には平滑筋性の毛様体筋があって、水晶体の弯曲を調節する役目をもっている。
毛様体筋の線維は眼球に対してその子午線の方向と輪状の方向とに走っていて、これが収縮すると毛様体はその隆起が高まり、その結果、水晶体を引き付けている毛様体小帯が弛むから、水晶体は自らの弾性でその曲率を増す。
反対に毛様体筋が弛緩すれば水晶体は扁平になる。
・虹彩 Iris
毛様体の前にある円板で、その中央は瞳孔によって貫かれている。
虹彩の内部には平滑筋性の瞳孔括約筋と瞳孔散大筋がある。
前者は輪状、後者は放射状に走る筋線維からなっていて、それぞれ瞳孔を収縮または拡大して眼球内に入る光の量を調節する。
③眼球内膜 (広義の網膜)
中膜の内面を裏づけている広義の網膜で、発生学的には脳の一部が伸び出した眼胞から生じる。
これに色素上皮層と狭義の網膜とを区別する。
・色素上皮層 Pigment epithelium
六角柱状の細胞からなる単層立方上皮で、内膜の外層をなしている。
細胞の中には多量のフスチンという色素顆粒を蔵している。
・網膜 Retina
色素上皮細胞層の内面にある。
眼球の最も主要な部分をなす。
網膜の後部には視神経の進入部に相当して円形の視神経円板(視神経乳頭)があり、そのやや外側には、ほぼ眼球の後極に近い所に長円形の黄斑がある。
視神経円板は色素上皮層を欠いているため白色を呈し、視神経も欠けているから、全然視力のないところである。
視野の盲斑はこの視神経円板のために生じるものである。
黄斑は黄色の色素を含んでいるために生体における眼底検査では黄褐色にみえる。
この部はすり鉢型に凹んでいて、これを中心窩といい、物の像を最も明瞭に見るところである。
網膜は脳の一部が伸び出したものであるから、これを構成する組織は主として神経組織で、その神経細胞は3層に排列している。
最外層は第1ニューロンをなす神経細胞すなわち視細胞の層である。
視細胞には2種類あり、1つは杆状体、他は錐状体という原形質突起を色素上皮層に向かって出している。
杆状体は網膜の周辺部でその密度が大きく、錐状体は中心窩その付近に特に密に分布している。
中層は第2ニューロン、最内層は第3ニューロンをなす神経細胞層である。
普通の染色(ヘマトキシリン―エオジン染色)では、これらのニューロンの細胞だけが認められ、ニューロンの核が美しく青く染まって、外から内へ外顆粒層、内顆粒層、神経細胞層の3層に排列している。
ところが特殊の銀染色を施すと細胞体から出ている突起も染まり、各ニューロンが順次に相連絡している有様が観察できる。
第3ニューロンの神経突起は網膜の最内層を通って視神経円板に集まり、強膜を後ろへ貫いて視神経となって脳に行く。
錐状体と杆状体はその機能が違っている。
錐状体は明るい場所で働き、視力よく、かつ色を感じるが、杆状体は暗所で弱い光を感じ、視力悪く、色は感じない。
これら両者の機能と分布の相違を合わせると、視野の中央部は物がはっきり見えて色もよく感じるのに、周辺部にいくにしたがって物の像がぼんやりし、色覚が弱まってゆくことが理解できる。
鳥類は一般に錐状体の発達がよく、杆状体は少ないから、夜は目が見えない(夜盲症のことをとり目というのはこのため)。
反対にネコやネズミのように夜活動する動物は杆状体の発達が著しく、フクロウなどは全く錐状体を欠いている。
毛様体や虹彩では網膜は神経性要素を欠いて、単層上皮だけからなっている。
これらの部分に光は当たらないので、神経層すなわち視細胞の存在する意味がない。
⒉ 眼球の内容
全て透明物質でできており、眼球の屈折装置をなしている。
①眼房水(水溶液) Aqueous humor
角膜と虹彩との間の空間すなわち前眼房と虹彩・水晶体・毛様体間の空間すなわち後眼房とを充たしている一種のリンパ液である。
これは毛様体と虹彩によって分泌され、強膜静脈洞に排出され、緩慢な循環をいとなんでいる。
※何かの原因でこのリンパ循環障害を起こし、そのために眼球内圧の高まった状態を緑内障という。
②水晶体 Lens
虹彩の直後にある直径1㎝足らずの両凸レンズ様の透明体で、どの周辺部において線維性の網様体小体(チンの小帯)によって毛様体に支持されている。
水晶体の前後両面はその弯曲度が違っていて、常に後面の方が全面よりも強く曲がっている。
また、これらの両面は、厳密にいえば決して球面の一部には相当しない、特殊な弯曲状態を示している。
水晶体は眼の屈折装置のうちで最も重要なもので、生きているときには軟らかで、かつ弾性に富む。
水晶体の弯曲度は毛様体筋の作用によって調節され、毛様体筋が弛緩すると弯曲度を減じ、反対に毛様体筋が収縮すると弯曲度が増す。
水晶体は色々な原因で白濁することがある。
この状態を白内障という。
③硝子体 Vitreous body
水晶体の後ろにある広い空間を充たす寒天のような透明体で、微細な線維網とその隙を充たす液体とからなっている。
視覚の生じる機序:
外界のある一点から発する光の束は角膜・水様液・水晶体・硝子体を通過して眼底に達する。
光線はこれらの透明体を通過する間に、各部の屈折率に従って一定の割合に屈折される。
中でも水晶体は屈折装置の主部をなし、毛様体筋によって自在にその屈曲を変化して、光の束を網膜上の一点に集合させる。
要するに物体の像は水晶体によって、網膜の上にその焦点を結びうるのである。
こうして網膜の上に生じた物体の像は、写真機の場合と同様に倒像である。
倒像を倒像と見ないのは視覚中枢での解釈による。
両眼に物を見ながら二物とは思わないのも同じ理由である。
Ⅱ 副眼器 Accessory organ
⒈ 眼瞼(まぶた) Eyelid
眼球の前をおおっている板状の軟部で、眼球の保護をするとともに、涙で眼球をうるおしたり、角膜の表面を清浄に保ったりする役目をもち、また眼に入る光を遮る。
上眼瞼の間の裂け目を眼瞼裂といい、その両端で上下両眼瞼の相会するところを内眼角および外眼角という。
眼瞼の前面には、その自由縁の近くをこれとほぼ平行に走る溝(上・下眼瞼溝)が認められることがある。
このようなものを二重瞼(ふたえまぶた)といい、溝のないものを一重瞼(ひとえまぶた)という。
眼瞼には上下とも、その自由部の前縁に睫毛があり、また上眼瞼の上部には眼窩の上縁に相当して弓形の眉毛がある。
睫毛の役割が異物が眼に入るのを防ぐためにあることは疑いないが、眉毛の意味ははっきりしない。
[構造]
眼瞼は外面は皮膚、内面は眼瞼結膜からなり、両者の間には前に筋板、後ろに眼瞼板がある。
筋板は眼輪筋の眼瞼部で眼瞼裂を輪状に取り巻き、目を閉じる役目をもっている。
これに対して目を開くのは主として上眼瞼挙筋の収縮による。
眼瞼板は眼瞼の支柱をなす三日月型の瞼板体で、緻密な結合組織からなり、上下両眼瞼の自由縁側半にだけ存在する。
軟骨様の硬さと弾性をもち、ちょうど眼球の前面に一致した弯曲度を示している。
眼瞼板の中には眼瞼腺(マイボームの腺)があって、睫毛の後ろに一列に開口している。
眼瞼腺は一種の脂腺で、その分泌物は眼瞼の自由縁に塗られて、涙が顔面に流れ出すのを防ぐ。
眼瞼腺の開口部は分泌物が出ていれば、肉眼的に観察することができる。
⒉ 結膜 Conjunctiva
眼球の前面(角膜部を除く)と眼瞼の後面とをおおう軟らかい薄い膜で、角膜とともに直接外界と接触する部分である。
したがって目の外因性疾患の大多数はここに発生する。
結膜に3部を区別する。
その眼瞼に属する部分を眼瞼結膜、眼球をおおう部分を眼球結膜、これら両部の移行するところを結膜円蓋という。
結膜には色素が少なく、上皮も全く角化を見ないため、内部の血管がよく透視される。
⒊ 涙器 Lacrimal apparatus
涙を分泌する涙腺とこれを鼻腔に導出する涙路からなっている。
・涙腺 Lacrimal gland
眼球の上外側にある小指頭大の腺で、構造上からいえば漿液性の複合管状腺である。
上下の2部(眼窩部と眼瞼部)からなり、多数の導管によって上の結膜円蓋の外側部に開いている。
・涙路
上下の眼瞼の内眼角の近くにある涙点から、上下一本ずつの涙小管となって内側の方へいき、涙嚢に開いている。
涙点は細かい針のめどほどの大きさがあるから、肉眼で楽に観察することができる。
涙嚢は鼻根両側の涙嚢窩にある小嚢で、明瞭な境目なしに鼻涙管に続き、下行して下鼻道に注ぐ。
涙腺の開口部と涙点との位置関係は注意すべきで、涙腺から分泌された涙が、重力の作用によって、ちょうど眼球の前面をすっかり洗ったのちに、涙点から流れ去るようになっている。
⒋ 眼筋
眼球の運動を支配する小筋で、すべて横紋筋である。
直接眼球に付く筋は4個の直筋と2個の斜筋であるが、この他になお上眼瞼に付く筋が1つある。
①上直筋 Superior rectus muscle:眼窩の後端において視神経を囲んで起こり、眼球の上面に付く。
②下直筋 Inferior rectus muscle:眼窩の後端において視神経を囲んで起こり、眼球の下面に付く。
③内側直筋 Medial rectus muscle:眼窩の後端において視神経を囲んで起こり、眼球の内側面に付く。
④外側直筋 Lateral rectus muscle:眼窩の後端において視神経を囲んで起こり、眼球の外側面に付く。
⑤上斜筋 Supeiror oblique muscle:眼窩の後端において内側直筋の上を前に走り、その腱は眼窩の前上内側隅で急に外後方に折れて、眼球の上面に付く。
腱は折れ返る所は軟骨性の滑車によって支持される。
⑥下斜筋 Inferior oblique muscle:眼窩の前下内側隅すなわち涙嚢の直下から起こり、眼球の下を後外側の方に走って眼球の後外側面に付く。
⑦上眼瞼挙筋 Levator palpebrae superioris muscle:上直筋と並行してその上を前方に走り、その腱は三味線のばちのように広がって上眼瞼の中に放散している。
作用:①~④はそれぞれ眼球を上・下・内側および外側の方に向ける。
⑤は眼球を下外側の方に、⑥は上外側の方に向ける。
⑦は眼球に関係なく、上眼瞼を引き上げる。
神経:④は外転神経 ⑤は滑車神経 そのほかはみな動眼神経