末梢神経系は体性神経系と交感神経系に分けられ、前者はさらに脳神経と脊髄神経に分けられる。
◆A. 脳神経 ◆
脳神経は脳から出る末梢神経で12対あり、あるものは感覚性ないし知覚性、あるものは運動性、またあるものは混合性である。
そのうち嗅神経は嗅上皮の感覚細胞の突起であり、視神経は本来は大脳の一部とみなすべきものであるが、古くから便宜上、脳神経の中に加えられている。
Ⅰ 嗅神経 Olfactory nerve
嗅覚を司る感覚神経で、各側およそ20条ある。
各嗅神経は大脳の嗅球の下面から起こり、篩骨の篩板を貫いて鼻腔粘膜の嗅部(嗅上皮)に分布する。
嗅神経をつくっている神経線維は、嗅部粘膜の嗅細胞突起(嗅糸)である。
Ⅱ 視神経 Optic nerve
網膜の視覚を脳に導く道である。
脳底の視神経交叉から起こり、前外側の方に走って視神経孔から眼窩にはいり、眼球の後極の近くで強膜を貫く。
視神経を構成している線維は網膜の第3ニューロンの求心性線維で、視神経交叉の中で半交叉を行う。
すなわち網膜の外半側からくる線維は交叉せずに同側の視覚の中枢に行き、内側からくる線維は左右のものが交叉して反対側の中枢にはいる。
Ⅲ 動眼神経 Oculomotor nerve
大部分の眼筋と上眼瞼挙筋に分布する運動性の神経で、そのために動眼神経と名付けられる。
大脳脚の内側から起こって前方に進み、上眼窩裂を通って眼窩にはいり、上眼瞼挙筋・上直筋・内側直筋・下直筋・下斜筋に分布する。
なお、この神経からは細枝を毛様体神経節に与えている。
その中を通る神経線維は眼球内部の平滑筋(毛様体筋・瞳孔括約筋)の運動を司る副交感性のものとされている。
Ⅳ 滑車神経 Trochlear nerve
動眼神経と同様に眼筋の運動に関与している。
脳幹の背面において中脳蓋下丘の直下から起こり、大脳脚の外下方に回り、前走して上眼窩裂から眼窩にはいり、上斜筋のみにいく。
この神経が支配する上斜筋には、その腱の折れ曲がる所に滑車 trochleaという特別の装置が付いている。
それで昔はこの筋を「滑車筋」といったのであるが、今は「滑車」という名は筋からは消えて、この筋を支配する神経だけに残っている。
脳神経は一般に脳の腹側から発しているのであって、滑車神経はただ一つの例外であることに注意する。
この神経は中脳の滑車神経核を出ると中脳水道の背側で、左右のものが交叉して脳外に出るので、例えば右の滑車神経は他の運動性の脳神経の左のものに相当する。
Ⅴ 三叉神経 Trigeminal nerve
脳神経のうちで最も大きく、知覚性の部分と運動性の部分とからなっている。
知覚性の部分は顔面の皮膚と鼻腔および口腔の粘膜(および歯髄)とに分布してその知覚を司り、運動性の部分は咀嚼筋の支配その他若干の小筋の運動を支配している。
知覚性の部分を知覚根というが、これは運動性の部分すなわち運動根に比べるとはるかに太いから大部といい、これに対して運動性の部分を小部という。
両根は相並んで橋の外側部から起こり、蝶形骨体の後外側で脳硬膜の両葉の間に三叉神経節をつくって眼神経・上顎神経・下顎神経の3枝に分かれる。
三叉神経という名はここから出ている。
運動根は神経節の形成に関与せず、知覚根の内側を通って下顎神経に合流する。
⒈ 眼神経 Ophthalmic nerve
三叉神経の第1枝で、同名の動脈と同じ領域に分布し、①眼窩の内容②前頭部③鼻腔などの知覚を司る。
この神経は視覚とは何も直接の関係はないのであって、その作用の上で視神経と混同しないように注意する。
三叉神経節から前上方に向かって分かれた眼神経は、上眼窩裂から眼窩にはいり、その中で次の諸枝に分かれる。
①テント枝:眼神経がまだ眼窩にはいらないうちに分かれる細枝で、後走して脳硬膜(とくに小脳
テント)に分布する。
②涙腺神経:涙腺・外眼角付近の皮膚・粘膜に分布してその知覚を司る(涙腺の分泌線維は吻合に
よって頬骨神経からこの神経の末梢部に伝えられる)。
③前頭神経:眼神経の本幹で、上眼瞼挙筋の上を前走し、滑車上神経と眼窩上神経の内・外側枝の
3枝に分かれて、動脈とともに眼窩口の上縁をまわって前頭部に現れ、前頭部および
その付近の皮膚に分布する。
④鼻毛様体神経:前頭神経の下層で上直筋と視神経との間を前の方へ走り、その本幹は2条の
篩骨神経となって眼窩の内側壁を貫き、鼻腔の上前半の粘膜に分布する。
数条の細い長毛様体神経は後方から眼球の中に進入し、強膜・角膜・眼球血管膜
(葡萄膜)などの知覚を司っている。
毛様体神経節:自律神経系に属する神経節で、眼窩の後隅に近く視神経の外側に接している。
米粒よりまだ小さい。
その後側では動眼神経・鼻毛様体神経・交感神経と細い枝で連絡し、前側からは数条
の細い短毛様体神経が出て眼球に分布している。
この神経より動眼神経と交感神経との運動線維が毛様体と虹彩に送られる。
⒉ 上顎神経 Maxillary nerve
三叉神経の第2枝で、知覚根からくる知覚性の線維のみからなり、①上顔部の皮膚・口蓋および②上顎部の粘膜(および歯髄)③鼻粘膜の後部にいく。
三叉神経節から前方に出て、蝶形骨大翼の正円孔を貫いて翼口蓋窩にはいり、次の諸枝に分かれる。
①硬膜枝:すでに頭蓋腔のなかで本幹から分かれ、脳硬膜に分布する細枝。
②頬骨神経:下眼窩裂を通って眼窩に入り、その外側壁に沿って前進し、頬骨側頭枝と頬骨顔面枝
の2枝に分かれ、各々頬骨を貫いて側頭部と頬骨部の皮膚に分布する。
③眼窩下神経:上顎神経の最大枝である。
翼口蓋窩から前に進み、下眼窩裂を通って眼窩にはいり、眼窩下溝・眼窩下管を
経て眼窩下孔から顔面に現れ、上顔部の皮膚と粘膜に分布する。
すなわち下眼瞼・上唇・鼻翼・上顎の歯肉などの知覚はこの神経の支配を
受けている。
④上歯槽神経:数条あり、上顎神経の本幹と眼窩下神経とから分かれて、上顎洞の外側壁と前壁の
歯槽間の中を走り、互いに吻合して上歯神経叢をつくったのち、上顎の歯に枝を
送っている。
⑤翼口蓋神経:翼口蓋窩の中で本幹から下の方に分かれ、口蓋神経となって下行口蓋動脈とともに
口蓋管の中を下行し、口蓋に至る。
そのうち大口蓋神経は大口蓋孔を出ると前進して、硬口蓋の粘膜と付近の歯肉に
分布し、小口蓋神経は小口蓋孔を出て後走し、軟口蓋と口蓋扁桃に分布している。
なおこの神経は翼口蓋窩の中で数条の後鼻枝が分かれ、蝶口蓋孔を通って鼻腔の
後下半の粘膜に分布している。
翼口蓋神経節:自律神経系に属する神経節で、翼口蓋窩の中で上顎神経の内側に密着している。
翼口蓋神経と連絡するほかに、後ろからは翼突管神経を受けている。
翼突管神経は大錐体神経(顔面神経の枝)と深錐体神経(交感神経の枝)が合同
したもので、前者はその中に涙腺の分泌線維を含むと考えられている。
⒊ 下顎神経 Mandibular nerve
下顎から側頭部にかけての知覚を司るとともに、咀嚼筋その他若干の筋の運動支配する神経で、三叉神経に含まれる運動性線維はすべてこの神経の中にはいる。
三叉神経節を出た知覚根の第3枝は運動根を合わせて蝶形骨大翼の卵円孔を貫いて側頭下窩に現れ、すぐに次の諸枝に分かれる。
①硬膜枝:卵円孔の直下で本幹から分かれ、中硬膜動脈とともに棘孔を通って、再び頭蓋腔にはいり
脳硬膜に分布する細枝である。
このように三叉神経の3枝は、いずれもその基調において脳の硬膜へ知覚枝を送るが
なお同様の枝は迷走神経からも出ている。
頭痛は多くの場合にこれらの硬膜枝が刺激されるために起こる現象であるといわれる。
②咀嚼筋枝:主として運動性の神経で、運動部の運動性線維はほとんどその大部分がこの中に
はいっている。
咬筋線維は外側翼突筋の上を通って下顎切痕から咬筋の内側面にはいり、深側頭神経は
前後2本あって、外側翼突筋の上縁から側頭筋の中にはいり、また内側翼突筋神経と
外側翼突筋神経は上方からそれぞれ同名の筋に進入する。
なお口蓋帆張筋と鼓膜張筋も下顎神経から支配されている。
③頬神経:外側翼突筋を貫いて前下方に走り、頬部の粘膜と皮膚に分布してその知覚を司っている。
(頬筋の運動は顔面神経の支配下にあり、頬神経は頬筋を素通りしている)
④耳介側頭神経:卵円孔の下から後ろの方に走り、外側翼突筋と下顎頚との内側を経て、顎関節の
後ろから上に曲がり、耳下腺を貫いて外耳道の前を上行し、浅側頭動脈に伴って
側頭部の皮膚に分布する。
耳下腺もまたこの神経から分泌枝を受けているという。
⑤下歯槽神経:両翼突筋の間を通って弓なりに前下に走り、同名の血管とともに下顎枝の内側に
ある下顎孔にはいる。
下顎管の中を前へ走りながら細枝を下顎の歯・歯根膜・歯槽壁などに与えたのち
本幹は、おとがい孔から下顎骨の外に出て、おとがい神経となり、おとがい部・
下唇および歯肉に分布する。
顎舌骨筋神経:下歯槽神経が下顎孔にはいるすぐ上のところで分かれる細い枝で、下顎骨の内側面
にある同名溝の中を前進し、おとがい下部の皮膚に分布する。
その経過中に運動性の線維を顎舌骨筋と顎二腹筋の前腹とに与える。
⑥舌神経:下歯槽神経の前方をこれと並んで走り、口腔底と舌の粘膜に分布する。
この神経にはその基部の知覚で鼓索神経が合流している。
鼓索神経は顔面神経の枝で、木綿糸ほどの太さに過ぎないが、その中には舌の前2/3
からくる味覚線維と、顎下腺と舌下腺に対する分泌線維を含んでいるので、重要な
ものである。
耳神経節:自律神経系に属する神経節で、卵円孔のすぐ下で下顎神経の内側についている。
小錐体神経および交感神経と連絡するとともに、2~3本の枝を下顎神経の中に
送っている。
小錐体神経は鼓室神経(舌咽神経の枝)の末梢で、その中に耳下腺の分泌線維を
含むと考えられている。
顎下神経節:毛様体神経節・翼口蓋神経節・耳神経節と同系の自律性神経節で、舌神経に付属
し、顎下腺のすぐ上にある。
舌下神経の中を通る鼓索神経の分泌線維と、顔面動脈にまつわりついている
交感神経線維とが、この神経節にはいり、これからは顎下腺と舌下腺の分泌腺が
出ている。
Ⅵ 外転神経 Abducinal nerve
動眼神経および滑車神経と姉妹関係にあり、眼球の運動に関与している。
橋と延髄との境から起こり、脳底を前進して上眼窩裂から眼窩にはいり、外側直筋に分布する。
Ⅶ 顔面神経 Facial nerve
主として顔面筋に分布してその運動を司る。
しかしこの神経には、この他になおわずかながら分泌線維と味覚線維が含まれていて、これらの線維ははじめのうちは運動性の線維とは明瞭に区別される別の束をなしている。
それでこれを特別に中間神経と名付ける。
運動性の部分(狭義の顔面神経)と中間神経とは、相並んで橋と延髄の境において外転神経のすぐ外側から始まっている。
内耳神経とともに内耳道にはいり、その道底で内耳神経と分かれて顔面神経管にはいり、すぐに膝神経節をつくって直角に後方に曲がり、鼓室の後壁の中を弓状に下方に走り、茎乳突孔から頭蓋の外に出て、その終枝に分かれる。
運動性の部分と中間神経とは、内耳道底に達するまでは互いに独立の束をなしているが、顔面神経管にはいってからは互いに混合し、共通の結合組織の被膜で包まれているから、両者を分離することは不可能である。
その関係は三叉神経における運動根と知覚根の関係と同じである。
膝神経節:顔面神経が側頭骨の顔面神経管を通るときに、膝のように曲がる所にあるから
その名を得たもので、中間神経の求心性線維に属するものである。
他の知覚性脳神経に所属する神経節と同様に、脊髄神経節に相当している。
顔面神経の枝の主要なもの。
①大錐体神経
顔面神経管の中で膝神経節から起こって前内側の方に走り、深錐体神経(交感神経)と合して翼突管神経となり、翼突管を通って翼口蓋神経節にはいっている。
その中には涙腺の分泌線維が含まれているといわれる。
②あぶみ骨筋神経
顔面神経管の中で分かれて、あぶみ骨筋に行く小さい枝である。
③鼓索神経
顔面神経が茎乳突孔を出るすぐ手前で分かれ、上の方へ逆行して鼓室にはいり、つち骨ときぬた骨との間を通り、錐体鼓室裂を貫いて顎関節の内側に出て、側頭下窩において舌神経に加わる細い神経である。
その中には舌の前2/3の味覚線維と顎下腺・舌下腺の分泌線維が含まれている。
④終枝
顔面神経管の中で以上の諸枝を派出した本幹は茎乳突孔を出る。
茎乳突孔を出るとすぐに細い枝を後頭部の皮筋、顎二腹筋の後腹および茎突舌骨筋に与え、それから耳下腺の中で網状に神経叢をつくり、これから顔面に多数の枝を放射線状に派出して、すべての顔面筋に分布している。
顔面神経は顔面に分布して表情運動を支配するのであって、決して顔面の知覚を司るもではない。
顔面神経の知覚枝は舌の味覚に関与しているだけである。
だからもし顔面神経が茎乳突孔を出たところで切断されたり、その他の原因で伝導障害を受けると、顔面神経麻痺が起こってその側の表情運動は停止するが、顔面の知覚は三叉神経の支配下にあるため、おかされることはない。
伝導の中断が顔面神経管内で起こると、その位置に応じて表情筋の麻痺のほかに、味覚障害と唾液分泌障害またはさらに聴覚障害(あぶみ骨筋の麻痺)や涙の分泌障害が起こってくる。
これらの症状は臨床上、顔面神経のおかされている場所を診断する目標となる。
Ⅷ 内耳神経 Vestibulocochlear nerve
橋と延髄との境のところで顔面神経の外側に接して起こり、顔面神経とともに内耳道にはいり、その道底で前庭神経と蝸牛神経とに分かれる。
前庭神経は内耳道底で前庭神経節をつくったのち、内耳の平衡斑と膨大部稜に分布し、平衡覚の伝導にあたる。
蝸牛神経は蝸牛の骨軸の中でらせん神経節をつくって蝸牛のらせん器に分布し、聴覚を司っている。
Ⅸ 舌咽神経 Glossopharyngeal nerve
主として舌と咽頭に分布して、その知覚・運動・分泌を司る。
内耳神経の下すなわちオリーブの後ろから起こり、頚静脈孔を通って頭蓋の外に出て、内頚動脈の外側を下り、舌枝と咽頭枝に分かれる。
その知覚線維束は頚静脈孔の入口のところでそれぞれ上神経節、下神経節をつくっている。
舌咽神経の主要な枝。
①鼓室神経
下神経節から起こり、鼓室の下壁を貫いて鼓室にはいり、その内側壁を上行し、上壁を貫いて小錐体神経となって耳神経節にはいる。
その中に耳下腺の分泌線維を含むと考えられている。
②舌枝
前下方に走って、舌の後1/3すなわち舌根部の粘膜に分布し、その味覚と知覚を司る。
(舌の運動は舌咽神経とは関係なく、舌下神経の支配下にある)
③茎突咽頭筋枝
茎突咽頭筋に進入して、その運動を支配する。
④咽頭枝
数条あり、咽頭の外側を下ってその前壁に分布している。
そのとき迷走神経および交感神経の咽頭枝とともに咽頭神経叢をつくり、咽頭粘膜の知覚、咽頭腺の分泌、咽頭筋の運動を支配する。
Ⅹ 迷走神経 Vagus nerve
頚・胸・腹(骨盤を除く)部のすべての内臓に分布して、その知覚・運動・分泌を支配する重要な神経である。
その太さは三叉神経には及ばないが、分布範囲の点では脳神経中の第一位にある。
このように迷走神経は脳神経でありながら腹部までも伸びており、昔はその経過や末梢的分布が複雑で分かりにくかったため「迷走」というながつけられたのである。
舌咽神経の下で延髄のオリーブの後側から起こり、舌咽神経および副神経とともに頚静脈孔を通って頭蓋の外に出る。
そこから内頚動脈、ついで総頚動脈の後外側に沿って側頚部を下り、右は右鎖骨下動脈、左は大動脈弓の前を横切って胸腔に入り、気管支の後ろを経て食道の両側に達し、食道とともに横隔膜を貫いてさらに腹腔にはいる。
迷走神経の知覚線維は頚静脈孔の中と下とでそれぞれ上神経節、下神経節をつくっている。
経過中の枝の主要なものを上げる。
①硬膜枝:上神経節から分かれる細枝で、逆行して頭蓋腔にはいり、後頭蓋窩の脳硬膜に分布
する。
②耳介枝:上神経節から起こり、外側に向かって側頭骨を貫いて耳介と外耳道との一部に
分布し、その知覚を司る。
③咽頭枝:下神経節から出て咽頭の側壁から後壁に至り、舌咽神経・交感神経とともに
咽頭神経叢をつくっている。
咽頭神経叢は咽頭の諸筋に運動性線維を、咽頭と舌根部の粘膜に知覚性線維を
送っている。
咽頭筋のうち、茎突咽頭筋だけは舌咽神経から直接の運動枝を受けている。
舌咽神経と迷走神経とは神経叢においてだけでなく、もっと基部においても
吻合をいとなんでいるから、末梢の枝が舌咽神経から起こっているか、迷走神経
から起こっているかを解剖学的に識別することは不可能である。
④上喉頭神経:下神経節から出て、下って喉頭の上部に達し、内外の2枝に分かれる。
外枝は主として運動性で、喉頭咽頭筋の外面に沿って下り、その筋および
輪状甲状筋に分布する。
内枝は知覚性で、上喉頭動脈とともに舌骨と甲状軟骨の間に張っている膜を
貫いて喉頭の内部にはいり、舌根・喉頭蓋および喉頭の粘膜に分布している。
⑤反回神経:右は右鎖骨下動脈、左は大動脈弓の前で本幹から分かれ、それぞれこれらの動脈
の下を回って再び上行し、気管と食道との間の溝を上り、下喉頭神経となって
輪状筋以外の喉頭筋を支配する。
⑥心臓枝:上下2対ある。
上心臓枝は頚部において本幹から起こり、下心臓枝は反回神経から分かれ、ともに
大動脈弓の壁上で交感神経とともに心臓神経叢をつくり、心臓に分布している。
そのうち迷走神経の線維は心臓の運動を抑制し、交感神経の方は反対に心臓の運動
を促進する。
⑦食道枝:頚部では反回神経から、胸部では本幹から多数の枝が分かれて、食道壁に分布している。
⑧気管枝:数本あって、反回神経から出ており気管支枝は胸部の本幹から出る多数の小枝で
気管支の壁上で交感神経とともに肺神経叢をつくって肺の内部に分布している。
⑨終枝:食道とともに横隔膜を貫いて腹腔にはいり、腹腔神経叢をはじめ若干の神経叢をつくって
骨盤を除いた腹部のすべての内臓(胃・小腸・大腸上半・肝臓・膵臓・脾臓・腎臓・
腎上体など)に分布する。
ただし解剖によって迷走神経の正確な末梢分布を決定することは不可能である。
Ⅺ 副神経 Accessory nerve
多数の根によって迷走神経のすぐ下でオリーブ後側および頚髄の側索から起こり、全部が一幹となって迷走神経とともに頚静脈孔に入る。
その中で2部に分かれ、内枝は直ちに迷走神経の中に走入してその一成分となるが、外枝は頚静脈孔を出て下外方に下り、上位の頚神経と合して胸鎖乳突筋と僧帽筋に分布する。
内枝の線維も運動性で、咽頭神経叢の口蓋筋・咽頭筋・喉頭筋に行く線維はおそらくこの内枝を通じて副神経から由来しているものと考えられる。
Ⅻ 舌下神経 Hypoglossal nerve
全ての舌筋群に運動線維を送る神経でその分布領域がだいたい舌下部に相当しているところからその名を得ている。
延髄の錐体とオリーブとの間から発し、後頭骨の舌下神経管を貫いて頭蓋の外に出て、迷走神経・内頚動脈・外頚動脈などの外側を斜めに頚前下方に横切り、2本の終枝に分かれる。
①舌筋枝:前方に進み、すべての舌骨筋とおとがい舌骨筋に分布する。
②吻合枝:総頚動脈の外側を下り、上位頚神経の前枝の枝と吻合して頚神経わなをつくる。
頚神経わなからは舌骨下筋群の各筋に枝を送っている。
舌骨神経は舌筋群に運動線維を与えるので、おとがい舌骨筋および舌骨下筋群の
すべては頚神経わなを通って頚神経から支配されるという。
XIII 脳神経の総括的考察
脳神経は脊髄神経とは異なり、各対がすべて形態学的に等価値というわけではない。
嗅神経は普通の味覚末梢神経とは趣を異にしていて、分類上は独特の位置が与えられるべきである。
視神経は本来中枢神経の一部である。他の脳神経とはまったく別種のもの。
動眼・滑車・外転の3脳神経は運動性のもので、いずれも眼筋に分布するという共通性をもっている。
三叉神経と顔面神経とは本来それぞれ第1鰓弓(顎弓)および第2鰓弓(舌骨弓)に所属の神経である。
鰓弓は表面が皮膚と粘膜で包まれていて、内部にこれを動かす筋があるから、その神経は当然知覚性の部分と運動性の部分とからなるわけで、三叉神経が知覚根と運動根とから、顔面神経が中間神経(知覚性)と狭義の顔面神経(運動性)とからなるのはそのためである。この両神経を合わせて顔面神経群と総称する。
内耳神経は水生脊椎動物ではその特殊な感覚器官である側線系に分布して、身体の平衡感覚に関与していたものである。動物が陸上生活をいとなむようになるとともに、側線系が聴覚器と平衡覚器とに分化した。聴覚と平衡覚とは感覚自体として全く性質の異なるものであるにもかかわらず、その感受器官すなわち内耳がほとんど同一の構造からなっていることはおそらくこうした発生由来に基づくものであろう。
舌咽・迷走・副の3神経は比較解剖学的には迷走神経群と総称されるもので、下等脊椎動物では集まって一つの脳神経をなし、第3以下の鰓弓に分布している。この神経群の運動性の部分が副神経であって、その外枝は胸鎖乳突筋と僧帽筋に行くが、内枝は舌咽神経や迷走神経に混入してその運動線維をなしている。
舌咽神経は比較解剖学的に言うと、もともと脊髄神経である。現に魚類・両生類ではそうなっている。ところが系統発生の過程中に、最上位の頚椎が頭蓋に取り込まれてしまった結果として、爬虫類以上の動物では舌下神経も脳神経に変わったのであって、したがってこれは脊髄神経の前根に相当するものである。そうすると舌筋は、それが舌下神経で支配されている限り体幹の骨格筋に属するものと考えるべきで鰓弓筋と内臓筋とは全く別の筋群である。
以上のように考察すると、第3以下10対の脳神経は大きく4群に分けられる。
⑴眼筋を動かす運動神経(第3・4・6神経)
⑵本来脊髄神経前根(第12神経)
⑶鰓弓の神経(第5・7・9・10・11神経)
⑷側線系の神経(第8神経)
知覚神経が中枢を離れたばかりのところで神経節をつくっていることは脳神経にも脊髄神経にも一貫した通性である。
すなわち三叉神経の三叉神経節、顔面神経の膝神経節、内耳神経の前庭神経節およびらせん神経節、舌咽神経の上神経節および下神経節、迷走神経の上神経節および下神経節はいずれも脊髄神経後根の脊髄神経節と相同のものである。
これらの神経節の中にある知覚神経細胞は、本来中枢神経の中にあったものが、末梢神経の方へ走り出したもので、内耳神経におけるものは双極性であるが他はみな偽単極性である。