頭蓋腔を充たしている軟らかい器官で、その形はほぼ卵形に近い。
大きさは、およそ矢状径で160~170㎜、幅140㎜、高さ125㎜あり、重量は平均して男性が約1390g、女性が1250gである。
男女間の脳の重さの差がそのまま男女間の知能の差と考えてはならない。
脳は発生学的には神経管という外胚葉性の管の上端が複雑化して生じたもので、神経管の下の方の部分は脊髄となる。
神経管の上端の脳になる部分は間もなく3個の膨大部を生じる。
これらを前から後ろへ前脳 Forebrain、中脳 midbrain、菱脳 Hindbrainと名付ける。
前脳はさらに著しく発達して、終脳 Telencephalonと間脳 Diencephalonに分かれる。
終脳はまた大脳ともいい、大きく左右に膨隆し、そのおのおのが半球状をしているので、これを大脳半球という。
中脳はあまり発展を遂げず、菱脳はさらに分化して橋・小脳・延髄の3部に分かれる。
このうち橋と小脳を合わせて、後脳 Metencephalon、延髄のことを髄脳 Myelencephalonという。
A)菱脳 { 髄脳(延髄) 後脳(橋+小脳) }
B)中脳 { 中脳蓋+被蓋+大脳脚 }
C)前脳 { 間脳(視床+視床下部) 終脳=大脳(大脳半球) }
このようにして出来上がった大脳の全体をみると、大雑把にみて間脳+中脳+橋+延髄が比較的細くて、その中軸をなし、これから大脳と小脳とが膨れ出しているといえる。
それでこの中軸部を脳幹 Brain stemと総称することがある。
これは正規の解剖学名ではないが重要な呼称である。
ただしどの範囲までを脳幹と呼ぶかは、人によりずいぶん異なっていて一定しない。
神経管の壁が形態変化を受けるに伴って、内部の管腔もまた著しい変化をきたす。
すなわち神経管の膨隆したところでは、管腔もこれに伴って拡大して脳室をつくっており、神経管がほぼ原形を保っている部位では内腔も単純な管として止まっている。
Ⅰ 延髄
延髄 Medulla oblongataはおよそ円錐状の肥厚部で、下は環椎の上縁で脊髄に連なり、上は大後頭孔を通って頭蓋腔に入り橋に続いている。
脊髄と延髄との間は移行していて、明瞭な境界はない。
延髄の前面には錐体 Pyramidalという細長い隆起部があり、また錐体の外後側にはオリーブという長円形のふくらみがある。
延髄の後面には後正中溝 Sulcus medianus posteriorという溝がある。
その両側には薄束 Fasciculus gracilisと楔状束 Funiculus cuneatusとがあって、下はそれぞれ延髄の同名束に続いており、上外側の方は下小脳脚 Pedunculus cerebellaris inferior(索状体)をつくって小脳に入る。
舌下神経は錐体の外側のところで前外側溝(脊髄の同名溝の続き)から、舌咽神経と迷走神経とはオリーブの後側から、副神経は迷走神経の下方と頚髄の側索とから起こっている。
延髄にはこれらの脳神経の核がある。
また延髄には、嚥下・嘔吐・咳・くしゃみ・唾液や涙液の分泌などの反射中枢と呼吸運動・心臓運動・血糖量などの調節中枢があるから、生命の維持には絶対必要な中枢部である。
Ⅱ 後脳
後脳 Metencephalonは延髄の上に続く菱脳の一部で、腹側の橋と背側の小脳とからなり、その間に第4脳室が包まれている。
⒈ 橋 Pons
延髄の上に続く膨隆部で、後頭骨の底部の上に乗っている。
上は左右の大脳脚に続き、背面は第4脳室上半の底をなし、外側部はのびて中小脳脚 Pedunculus cerebellaris medius(橋腕)となり、小脳に続いている。
橋は延髄や脊髄と大脳との間を行きかう多数の伝導路の通路にあたり、これらの伝導路の一部は橋で中継されて小脳に連絡している。
この他に橋にはいくつかの脳神経所属の核がある。
すなわち三叉神経は橋の外側部から発し、外転神経・顔面神経・内耳神経は橋の後縁において延髄との境から起こる。
橋はその内部構造の上から、背部と底部とに区別される。
橋背部は一名、橋被蓋といい、内側毛帯の腹側縁が橋底部との境になっている。
⒉ 小脳 Cerebellum
第4脳室を隔てて延髄と橋との背面にあるこぶし大の膨隆部(左右径10㎝、矢状径5㎝、高さ3㎝)で、延髄および橋とともに後頭蓋窩を充たしている。
これには正中部の虫部 Vermisと左右の小脳半球 Hemispherium cerebelliを区別する。
これらはそれぞれさらに細かい部分に分けられているが、すべて省いて小脳の腹側面で脳幹の両側に顔を出している片葉(虫部に属する)だけをあげる。
系統発生学的には虫部は古くて下等動物によく発達しており、半球は新しくて高等動物で後から発展を遂げた部分である。
小脳の表面には多数の溝 Sulcusと回転 Gyrusとがあって、著しいしわを示している。
この溝がみなほとんど並行して横の方向に走っていることと、溝の間隔すなわち回転が細いことが小脳の特徴で、大脳半球とはこの点ではっきり区別される。
小脳は下小脳脚(索状体)によって延髄と、中小脳脚(橋腕)で橋と、上小脳脚(結合腕)で中脳と連絡している。
小脳は大脳と脊髄との間を走る伝導路の途中に介在するもので、錐体外路系の1つの重要な中枢をなしている。
その機能は主として運動および平衡の調節中枢をなしている。
小脳の機能がおかされると構語障害や運動失調が起きる。
酒に酔った時にも、小脳機能の障害をみることができる。
⒊ 第4脳室 Fourth ventricle
菱脳の内部にある腔室で、下は脊髄中心管に続き、上は中脳水道によって第3脳室に通じている。
前下壁すなわち室底は延髄および橋の背面でつくられており、菱形のくぼみをなしているからこれを菱形窩いう。
菱脳という名はここから出ている。
後上壁すなわち背面は前上半が上髄帆(正中部)と結合腕(外側部)、後下半が下髄帆と第4脳室脈絡叢 4th ventricular choroid plexusとからできていて、これらを隔てて小脳が背方から覆いかぶさっている。
菱形窩の下角と外側角とに相当する部には、脈絡組織にそれぞれ正中口 Median aperture(不対性)および外側口 Lateral aperture(対性)という孔があいており、第4脳室はこれらの3個の孔によってクモ膜下腔と交通している。
Ⅲ 中脳
中脳 Mesencephalonは菱脳の前上の方に続く部分である。
比較的発生初期の状態に止まっているから他の脳部より細く、あたかも大脳の首のように見える。
成体では著しく発達した大脳半球におおわれているから、背面からも側面からも全く認めることができず、腹面ではわずかに大脳脚の一部を露出しているに過ぎない。
これに背側の中脳蓋と腹側の大脳脚とを区別し、その中に中脳水道 Cerebral aqueductが通っている。
中脳は大脳と脊髄および小脳とを連絡する多数の伝導路の通路と中継所に当たっているほか、視覚と聴覚の反射中枢をなし、眼球運動や瞳孔収縮の運動中枢がある。
⒈ 中脳蓋 Tectum mesencephali
中脳の背部をなす四角い板状の部で、中脳水道を含んで左右に走る平面が大脳脚との境になっている。
背面には上下2対の円い隆起があり、これをそれぞれ上丘および下丘という。
下丘の直下からは滑車神経が出ている。
⒉ 大脳脚 Cerebral peduncle
①被害 Tegmentum
大脳脚の背内側部を占め、橋被蓋に続いている。
ほぼ中央部には長円体状の赤核 Nucleus ruberがあり、狭義の大脳脚との境のところには黒質 Substantia nigraがある。
いずれも錐体外路系に属する灰白質塊である。
②大脳脚(狭義) Crus cerebri
橋の上前方に続く一対の強大な堤防状の部分で、左右のものがおよそ直角をなして上前方に向かって開いている。
大脳半球から下降する運動性伝導路(錐体路と皮質橋路)の線維束からなり、橋底部に続いている。
左右の大脳脚の間からは橋の前で動眼神経が発し、前下方に走っている。
⒊ 中脳水道 Cerebral aqueduct
中脳の中を貫く脳室系で、第4脳室と第3脳室とを連ねている。
その長さは約1.5㎝で、横断面はおよそ三角形である。
Ⅳ 間脳と下垂体
間脳 Diencephalonは中脳と大脳半球との間にある脳部である。
成体では背面は全く大脳半球におおわれているので、外からこれを目撃することはできないが、腹面の一部は大脳脚の前に露出している。
これにさらに視床脳と視床下部とを区別し、その中に第3脳室を囲んでいる。
視床脳は視覚・聴覚をはじめ体の各部から集まる知覚伝導路が中継されるところで、これらの知覚に対する無意識的反射運動の中枢である。
この他、視床脳は意識下の感情の発するところであると考えられる。
視床下部には自律神経系の総合的中枢があって、生体の働きにきわめて重要な地位を占めている。
この部は破壊されると、体温調節・脂肪代謝などの障害をきたし、また胃粘膜の出血や血糖量の上昇をみる。
⒈ 視床脳 Thalamencephalon
中脳の前に続く部で、第3脳室の両側を占めている。
視床脳の主部をなす視床は中脳蓋の前にある卵形の隆起部で、前外方は大脳半球に移行している。
視床の後端部は視床枕という隆起をつくり、その腹側には内側膝状体 Corpus geniculatum medialeおよび外側膝状体 Corpus geniculatum lateraleという二つの高まりがある。
視床脳の背面正中線には中脳蓋の上に接して1個のエンドウ大の松果体 Pineal glandがある。
松果体はメラトニンというホルモンを分泌する内分泌腺である。
メラトニンは性的な成熟を抑え、性腺と性器の発育を抑制する。
⒉ 視床下部 Hypothalamus
視床脳の前下方に位する部で、第3脳室の前下底をなしている。
その後部には左右の大脳脚に挟まれて一対の半球状の乳頭体 Mammillary bodyがあり、その内部の灰白質は主として嗅覚伝導路に関係している。
乳頭体の前には正中線に漏斗 Infundibulumという突起部があり、その尖端に小指先大の下垂体がついている。
視床下部の中には視索上核 Supraoptic nucleus、室傍核 Paraventricular nucleus 、隆起核 Tuberal nucleusをはじめ、いくつかの小核が含まれていて、これらは自律機能の中枢として重要な役割を演じている。
しかしそれらの解剖学的関係、ことに線維結合については不明な点が少なくない。
⒊ 下垂体 Hypophysis
蝶形骨体のトルコ鞍の上に乗っている長円体状の実質器官である。
漏斗との境のところで脳硬膜のひだ(鞍隔膜)によって縊られているために、脳を切り出すときにはトルコ鞍の中に残る。
下垂体はさまざまな内分泌腺を制御する極めて重要な内分泌器で、前後両葉からなっている。
前葉
胎生時に口腔粘膜の上皮から由来したもので、腺様の構造を示しているから、これを腺下垂体 Adenohypophysisともいう。
下垂体の機能は至って多様であるが、一部のホルモンは直接目標器官に働き、他の大部分は目標器官を支配する二次内分泌器に作用して、その統制をおこなう。
後者を刺激ホルモンという。
前葉のホルモンは次の6種が知られている。
①成長ホルモン Growth hormone
その分泌過剰で下垂体性巨人症や末端肥大症が、また分泌低下で下垂体性小人症が起こる。
②乳腺刺激ホルモン Lactogenic hormone
プロラクチンともよび、乳腺を増大させ乳を分泌させる。
③甲状腺刺激ホルモン Thyroid stimulating hormone
これが分泌過剰になると甲状腺機能亢進症を起こす。
④副腎皮質刺激ホルモン Adrenocorticotropic hormone
略してACTH。
⑤卵胞刺激ホルモン Follicle stimulating hormone
⑥黄体化ホルモン Luteinezing hormone
後葉
脳実質の伸び出しで、神経膠と神経線維からなるから、神経下垂体 Neurohypophysisともいう。
後葉から二つのホルモンが抽出される。
①ヴァゾプレッシン Vasopressin
小動脈の平滑筋を収縮させて血圧を上昇させ、また腎臓の尿細管での尿の再吸収を促すので抗利尿ホルモン Antidiuretic hormoneの名がある。
その分泌低下で尿崩症が起こり、うすい尿が大量に排出される。
②オキシトシン Oxytocin
子宮筋を収縮させ(陣痛)、分娩後は、乳首の刺激に応じてこのホルモンが分泌され、乳腺の平滑筋を収縮させ乳を射出させる(射乳ホルモン)。
視床下部の視索上核と室傍核の神経細胞には、特殊な染色を行うと一種の分泌物が認められる。
この分泌物は後葉ホルモンないしその前駆物質で、上記の神経細胞の突起の中を伝って後葉に運ばれ、必要に応じて血管内に放出される。
下垂体前葉を支配する動脈は隆起部に進入して特殊な毛細血管のループを形成し、このループが下垂体漏斗の中に頭を出して上記の神経分泌線維に接近している。
この毛細系血管は細静脈となって下降し、再び前葉の中に毛細血管として散らばるので下垂体門脈系と呼ばれている。
神経分泌物の一部は、毛細血管ループからこの血管系に取り込まれ、前葉の内分泌機能に影響を与える。
隆起核ないしその付近の神経細胞が前葉の数種のホルモンの放出を促す物質(放出因子)を産生し、神経線維によって上記の血管ループに送っている。
⒋ 第3脳室 Third ventricle
間脳の中にある脳室系の一部である。
左右から押しつぶされた隙間のような腔室で、左右径は非常に小さいが、上下径と前後径はかなり大きい。
後は中脳水道を経て第4脳室に、前は両側の室間孔によって左右の側脳室に通じている。
その側壁は視床、下壁は視床下部、上壁は薄い脈絡組織でできている。