Ⅴ 大脳半球
大脳半球 Cerebral hemisphereは本来間脳の前に続く部分であるが、人類では著しく発達して左右おのおの半球状を呈し、間脳と中脳とを背面からおおって、後頭蓋窩を除いた頭蓋腔のほとんど全部を充たしている。
外套と嗅脳とからなり、内部に一対の側脳室がある。
⒈ 外套 Pallium
大脳半球の外まわりの大部分を外套と呼んでいる。
正中線を走る深い大脳縦列によって左右の両半に分けられ、小脳との間は大脳横裂によって境されている。
これに前頭・頭頂・後頭・側頭の4葉および島を区別する。
前頭葉 Frontal lobeは外套の前部を占め、前頭蓋窩の中にはいっている。
頭頂葉 Parietal lobeは前頭葉の後に位し、後頭葉 Occipital lobe はさらにその後方に連なり、外套の後部を占めている。
側頭葉 Temporal lobeは後頭葉の前下方にあって中頭蓋窩を充たし、島 Insuraは前頭・頭頂・側頭3葉におおわれて外側溝の奥深くにかくれている。
前頭葉は大脳半球の全表面の約40%を占めている。
これがヒトの大脳の特徴の1つである。
外套の表面には多数の曲がりくねった溝があり、そのため表面には著しいひだがみられる。
このひだはうねうね曲がって走っているので、回転 Convolutionと名付けられている。
大脳の回転はいずれも小脳のそれよりも幅が広く、またその走行も小脳の回転のように並行していないことを注意する。
これらの溝や回転には一々学名がつけられているが、主要なものだけを挙げる。
外套外側面の中部には、上後方から斜に下前方に走る中心溝 Central sulcusがあって前頭葉と頭頂葉との境をなし、また中心溝の下にはこれと斜交して前下方に走る外側溝 Lateral sulcus(シルヴィウス裂溝)があって前頭葉と側頭葉の間を隔てている。
中心溝の前後にはそれぞれ中心前回 Precentral gyrusと中心後回 Postcentral gyrusとが長く走り、前頭葉と側頭葉にはそれぞれ、上・中・下前頭回と上・中・下側頭回とがある。
脳の自然の表面は内側面の周辺部を占めており、ここにも外套の外表で見たと同様の溝と回転とがある。
その主なものは、脳梁を取り巻いている帯状回 Cingulate gyrusで、脳梁との間の溝を脳梁溝 Sulcus of corpus callosum、外郭を境する溝を帯状溝 Sulcus cinguilという。
内側面では前頭葉と頭頂葉とは移行していて明瞭な境はないが、頭頂葉と後頭葉との間には深くて明瞭な頭頂後頭溝がある。
この溝と鳥距溝との間に挟まれて三角形の楔部がある。
脳梁 Corpus callosumは左右両半球を結ぶ神経線維からできている強大な白質板で、矢状断面では背側に向かって凸弯を示している。
脳弓 Fornixは脳梁の下側にある一対の弓形の白質で、これをつくる線維は乳頭体と海馬傍回を連ねている。
脳梁の前半と脳弓とによって囲まれた三角形の板状部を透明中隔といい、左右の側脳室の間の隔壁をなしている。
前交連 Anterior commissureは主として左右の側頭葉の間を連絡している白質索で、正中断面では第3脳室前壁の中で、脳弓の前を横切っている。
外套の底部は側脳室の中に向かって長円体状に膨れ出している。
これを線条体 Corpus striatumという。
その中には尾状核・レンズ核などの灰白質塊があり、錐体外路性の運動伝導路の中継所として運動の調節に関与している。
⒉ 嗅脳 Rhinencephalon
嗅脳は本来、大脳半球の底をなす部分であるが、ヒトでは外套に比べてその発達が弱く、視神経交叉の前部を占める前有孔質とこれから前方に突出する嗅葉からなっている。
嗅葉は前頭葉の下面にある棍棒状の部で、その尖端の多少膨らんだところを嗅球 Olfactory Bulb、嗅球の後に続く柄のような部分を嗅索という。
嗅球は篩骨の篩板の上に乗っていて、その下面からは多数の嗅神経が出ている。
⒊ 側脳室 Lateral ventricle
左右の大脳半球の中にある弓形の腔室で、頭頂葉の中には中心部という広い場所があり、それから前頭葉と後頭葉と側頭葉の中へ、それぞれ前角 Anterior horn、後角 Posterior horn、下角 Inferior hornが伸びだしている。
前角の内側壁は透明中隔になっている。
また前角と中心部との境には室間孔 Interventricular foramenがあって、これによって側脳室は第3脳室と交通している。
下部は中心部から下前方に向かって折れ曲がった部で、側頭葉の中に進入している。
Ⅵ 脳の内部構造
脳もまた白質と灰白質からできている。
白質が主として神経線維から、灰白質が主として神経細胞からなることは脊髄におけると同じである。
脳の中の白質と灰白質の分布状態は各部によって一様でないから、次の3部に分ける。
⒈ 脳幹 Brain stem
(延髄+橋+中脳+間脳)を一般に脳幹と総称する。
これは脊髄・小脳・大脳半球の間の連絡部であって、狭義の脳神経はすべてこれから派出している。
脳幹における白質と灰白質の分布はかなり脊髄に似ていて、大脳や小脳のように皮質というものがない。
しかし灰白質はもはや脊髄に見られるような一本の棒を形作らず、大小さまざまの独立した塊すなわち核の形で存在し、白質もまたその間を錯綜して走っているから、脳幹のうちでも延髄は脊髄に見られるよりは複雑である。
このような変化は脊髄を遠ざかるにつれて次第に著しくなるから、脳幹のうちでも延髄はその構造が比較的脊髄に類似し、上の方に行くにしたがって次第に様相が変わってゆく。
[脳幹の核]
脳幹の内部に存在する核は1)脳神経所属の核と、2)脳幹を通る各種伝導路の中継所とに大別される。
1)脳神経所属の核
これは知覚神経の終止(知覚核)と、運動神経および自律神経の起始核とに分けられ、前者は脊髄の後角に、後者は前角と側角に相当する。
これらの核は延髄・橋・中脳にわたって菱形窩底にあって、脳神経の番号順に上から下へと並んでいる。
起始核は正中線の両側に、終止核は起始核の外側に座を占めているが、それは脊髄が後正中溝のところで割れて左右に開いたと考えるとよく説明がつく。
①舌下神経核
菱形窩の下半で正中線の両側にある細長い核である。
この神経細胞の神経突起が舌下神経をつくる。
②舌咽・迷走・副神経の核
これら三つの神経は迷走神経群と総称され、末梢では明瞭に分かれているが、中枢神経の中ではひとつに合体している。
疑核は延髄の深部で網様体の中にある細長い核で、その下方はずっと延びて副神経核となり、頚髄の下部で前角の背外側部に移行している。
迷走神経群の横紋筋支配線維の起始核をなしている。
菱形窩の下端に近く、浅いところには迷走神経背側核がある。
これは起始性の部分と知覚性の部分とがある。
前者は核の内側部を占め、舌咽・迷走両神経の副交感性の線維の起始核である。
その上方には舌咽神経の耳下腺分泌線維の発するところとされている下唾液核がある。
これに対して外側部はこれら両神経の知覚性線維の終止核で、以前には灰白翼核という特別の名で呼ばれた。
灰白翼核の副外側に接して孤束核の中で孤束という束をつくって脊髄の方へ下っている。
③内耳神経の核
内耳神経は蝸牛神経と前庭神経とに分けられる。
蝸牛神経の終止核は背側蝸牛神経核と腹側蝸牛神経核で、これらは第4脳室の外側隅に相当する菱形窩底の中にある。
前庭神経の終止核は蝸牛神経核の内側に接して位置し、延髄上部から橋にかけて広い範囲を占めている。
これに内側前庭神経核、上前庭神経核、下前庭神経核、外側前庭神経核の4核が区別される。
④顔面神経の核
延髄と橋の境界部で、菱形窩底の奥深くに長円体状の顔面神経核がある。
顔面神経の運動線維の起始核で、これから起こる線維束は背内側に向かって走り、外転神経核をまわって腹外側に反回し、延髄と橋との境のところで脳外にでる。
中間神経の分泌線維の起始核(上唾液核)は顔面神経核の背方の網様体の中にあるが、比較的散在性で、明瞭な細胞塊をつくらない。
中間神経の知覚線維の終止核は孤束核の最上端の部である。
⑤外転神経核
外転神経の起始核で、橋の高さで正中線に近い菱形窩底の中にある。
ほぼ球形をしている。
⑥三叉神経の核
これは両側4個ある。
三叉神経運動核は橋の網様体の背外側部にあり、外転神経核の上外側の方向に位置する。
三叉神経の運動根の起始核である。
その上方に続く三叉神経中脳路核は細長く延びて中脳まで及び、咀嚼筋に分布する知覚線維の終止核である。
三叉神経上知覚核は上記の三叉神経起始核の外側に接しており、それから長い三叉神経脊髄路核が下方に向かって延び出し、延髄を縦走して頚髄の後角に続いている。
これら3核は三叉神経の知覚根の終止核で、この線維のうち脊髄路核に終わるものは三叉神経脊髄路という密な繊維束をつくり、脊髄路核の外側に沿って延髄の方へ下る。
三叉神経上知覚核が触覚、圧覚などを司るのに対して、三叉神経脊髄路核は、痛温度覚を司っている。
このため脳幹内で障害が起こった時、顔面半側の温痛覚が脱出するが、触覚は保たれるという症状(感覚解離)を起こすことがある。
これに対して末梢に病変があるときは、その支配領域ですべての感覚障害が生じる。
⑦滑車神経核
中脳にある。
上丘と下丘の境の高さで、中脳水道の腹側にある球形の核である。
滑車神経の起始核で、これから出る神経線維束は背側の方に走り、水引のように中脳水道を取り囲んでその背方で左右のものが互いに交叉し、滑車神経として脳の外に出る。
⑧動眼神経核
滑車神経核の上方に位置する細長い核で、動眼神経のうちの横紋筋に行く線維の起始をなしている。
これから出る線維は腹側に向かって走り、赤核を貫いて大脳脚の間から動眼神経として脳の外に出る。
2)伝導路の中継核
これらは脳幹で初めて現れるもので、脊髄にはこれに相当するものはない。
この種の核は多数あるが、重要なものだけ挙げる。
①オリーブ核
延髄腹側面のオリーブの中にあるしわのよった巾着形の灰白質である。
巾着の口に相当するところ、すなわち核門は背内側を向いて開いている。
中心被蓋路の終わる所であり、オリーブ小脳路とオリーブ延髄路の起始核で、錐体外路性運動伝導路に対して重要な位置を占めている。
②薄束核と楔状束核
延髄下部の背面にある薄束と楔状束の中にある灰白質で、あわせて後索核という。
知覚伝導路の一つである脊髄延髄路の終わる所で、延髄視床路の起こるところである。
③橋核
橋の腹側部の白質の中に散在する多数の灰白質の小塊の全体である。
錐体外路系に属する皮質橋路の終わる所で、橋小脳路の起始核である。
④網様体
延髄・橋・中脳にわたって散漫性に広がっている構造で、脊髄の同名の構造に相当する。
種々の方向に入り組んで走る神経線維網と、その網目を充たす神経細胞とからなっているから、いわば灰白質と白質の混合体である。
そのうち神経細胞群だけをさすときには、これをとくに網様核とよぶ。
延髄にある網様体は網様「質」というが、橋や中脳のものと違っているわけではない。
網様体は意識の水準を支えるのに重要な働きをしていると考えられ、感覚のインパルスはここから大脳皮質全体に広がり、意識の水準を高めると考えられる(網様体賦活系)。
⑤赤核
中脳被蓋の中にある長円体状の大きい灰白質塊である。
細胞体に鉄を含むため、赤みを帯びているのでこの名がある。
小脳赤核路の終わる所であり、中心被蓋路(赤核オリーブ路)の起始核をなすので、錐体外路系の要衝である。
この部位の障害で不随意運動が起こる。
⑥黒質
中脳被蓋の腹側部で、大脳脚との境のところにある。
中脳の横断面では新月形を呈し、神経細胞にメラニン色素を含むために黒みを帯びて見える。
これもまた錐体外路系に属する灰白質である。
無動・筋硬直・振戦(ふるえ)を主症状とするパーキンソン病は、この黒質内のメラニン神経細胞の変性委縮によって起こる。
⑦上丘と下丘
外観こそ似ているが内部構造は全く異なり、したがってまたその機能的な意味も違っている。
下丘では神経細胞が一個の下丘核という塊をなしており、この核は聴覚伝導路の中継所である。
上丘は灰白質が層序排列を示し、かなり複雑な構造を示している。
上丘は末梢からの諸刺激を集めてこれに応じて適当の反応を示す総合中枢(大脳皮質・小脳皮質のようなもの)の一つと考えられているが、なかでも重要な作用は視覚伝導の路中継所としてのそれである。
⑧視床核
視床の内部には前核、内側核、外側核の3核があり、視床の大部分を占めている。
これらの核は主として知覚伝導路の中継所をなしている。
この他、視床枕と外側膝状体の中にある灰白質は視覚伝導路の中継核、内側膝状体の灰白質は聴覚伝導路の中継核をなしている。
視床は、嗅覚以外のすべての求心線維の最終中継点である。
視床の脱落症状は、視床症候群として知られ、病変の反対側に1)半側感覚障害、2)自発痛、3)片麻痺、4)半側失調症、5)舞踏様不随運動、6)同名半盲などをきたす。
[脳幹の白質]
①延髄
脊髄に似ておおむね白質が表層を占めている。
この白質をつくる線維束のうちで、特に重要なものは次のとおりである。
・錐体路 Pyramidal tract
延髄の腹側部を占める強大な線維束で、錐体はこれによって生じた隆起である。
オリーブ核に対してはその内腹側にある。
錐体路はその線維束の大部分が延髄で左右交叉する。
この錐体交叉は延髄の横断面でよく認められるが、また延髄の腹側面において外表にもよく現れている。
・内側毛帯 Medial lemniscus
延髄の薄束核および楔状束核から発する線維群は、内弓状線維となって内腹側に向かって弓形の経過をとり、毛帯交叉を行って反対側にわたり、錐体路の背側、オリーブ核の内側において内側毛帯という強大な繊維束をつくっている。
・下小脳脚 Inferior cerebellar peduncle (索状体)
延髄の背外側部を占める強大な白質塊で、主として脊髄側索のなかの後脊髄小脳路と楔状束核および薄束核から発する線維の一部と、オリーブ小脳路とからなり、小脳に行っている。
②橋
白質は橋背部と橋底部とで趣を異にしている。
橋背部では、その基礎的構造は網様体で、その腹側には内側毛帯が比較的まばらな、しかし強大な線維束として認められる。
橋の上半では内側毛帯の背外側にあたって外側毛帯という弱い線維束が縦走しており、聴覚伝導路をなしている。
また内側毛帯のすぐ背側には中心被蓋路(赤核オリーブ路)があり、また背側正中部には内側縦束があって、いずれも重要な運動伝導路をなしている。
橋底部の白質は縦走と横走の両線維群からなる。
前者は大脳皮質から下行する強大な線維束群で、錐体路と皮質橋路がある。
錐体路は橋を縦に貫いて走るが、皮質橋路は橋核に終わる。
橋核からは橋小脳路という横走の線維群が発し、正中線を越えて反対側にわたり、中小脳脚(橋脚)となって小脳に入る。
③中脳
中脳蓋・被蓋・大脳脚の3部に分けて記す。
中脳蓋は主として灰白質からなる。
被蓋は橋被蓋の続きでその構造もこれと同じく網様体・内側毛帯・外側毛帯・中心被蓋路・内側縦束が認められる。
このうち外側毛帯は下丘核のなかに、また中心被蓋路は赤核の中に消えてしまい、内側縦束も中脳ではすでに大分弱っていて中脳より上では間もなく消失する。
この他に橋になくて中脳に特有な白質系が一つある。
それは上小脳脚(結合腕)で、小脳から発し、はじめ中脳被蓋の背外側部の表層にあるが、次第に背方すなわち深部に移動して内側毛帯と網様体との間に移り、次いで正中線上で左右のものが交叉して主として赤核に終わっている。
錐体外路系に属する重要な伝導路である。
大脳脚は橋底部の続きで、もっぱら白質からなり、中央部が錐体路で占められ、その両側に皮質橋路が走る。
④間脳
主として灰白質で占められ、白質はこの灰白質に出入りする線維群からなっている。
その重要なものは1)脊髄や延髄から上行する知覚線維群とくに内側毛帯、2)終脳の基底核との間の連絡線維群、3)大脳皮質との間の連絡線維群とくに視床皮質路(知覚性)である。
⒉ 小脳
・皮質 Cortex cerebelli
小脳の表層を占める灰白質の薄い層で、神経細胞の種類とその排列状態により組織学的に分子層、神経細胞層(プルキンエ細胞が分布)、顆粒層の3層が区別される。
その細胞構築線維の連絡などは非常に複雑なので、組織学書を参考にする。
小脳皮質には大脳皮質に見られるような、はっきりした機能局在性はない。
・髄体 Corpus medullare
深部を占める白質のかたまりで、これから多数の白質の薄板が表層の回転の中へ放散している。
そのため小脳の矢状断面は生命樹 Arbor vitaeという特異な像を示す。
髄体が木の幹、白質板が枝、灰白質の皮質が葉ということになる。
髄体は脊髄・脳幹および大脳から皮質に往来し、また皮質と核とを結合する神経線維束によってできている。
核:髄体の中には歯状核をはじめ、いくつかの核がある。
歯状核は小脳核のうちで最大で、その形がオリーブ核に似て表面が鋸歯状にでこぼこしているので、こう名付けられた。
小脳皮質のプルキンエ細胞から発する神経突起がこれに終わり、この核の神経細胞から発する神経突起は上小脳脚を通って赤核に行く。
⒊ 大脳半球
a. 皮質 Cortex cerebri
大脳半球の表層をなす灰白質で、その厚さは平均2.5㎜ほどで、ここにある神経細胞の総数は約140億といわれる。
皮質の組織像は神経細胞の排列状態すなわち細胞構築と、有髄線維の排列状態すなわち髄構築の総和として特異な層状構造を示している。
この構造は原則として6層を区別する。
その大切な点は1)それが大脳皮質の部位によって多少異なること、言いかえると、皮質の神経機能が構造に反映していること(特に運動領・体知覚領・視覚領がそれぞれ特有な構造をもっている)、2)回転や溝と皮質構造との間には関係はあるがこの関係は厳密なものではなくて、個体的に多少のずれがあること、3)皮質の構造に関する今日の知見では、まだ複雑微妙な神経作用の機序を説明しうるには、不十分であるということである。
b. 大脳基底核
大脳基底核と呼ばれるが、それはこれが大脳半球の下壁の中にあるからである。
大脳核は次の4種を数える。
①尾状核 Caudate nuclei
線条体の表層をなす灰白質で、前下方に開いた鈎状をしている。
およそ側脳室の外側壁の中をその弯曲に沿って走っており、その表層は自由表面をもって脳室内に膨れ出している。
視床との間は分界条(間脳と終脳との境界線という意味)という溝で境されている。
有名な遺伝性疾患であるハンチントン舞踏病では、尾状核の細胞の変性・脱落がみられる。
②レンズ核 Lenticular nucleus
線条体の内部において尾状核と視床の外側にあるレンズ形の核で、その内側半を淡蒼球 Globus pallidus、外側半を被殻 Putamenという。
・被殻は本来、尾状核と同系のものである。
色調も同じであり、これを構成する神経細胞の形や大きさもよく似ており、また至る所で両者が灰白質の橋で続いている。
すなわち系統発生学的には初めに一つの灰白質塊であったものが、内包の発達によって尾状核と被殻とに分けられたのである。
それでこの両核をあわせて線条体ということがあるが、その意味は上記の連絡の灰白質の橋が断面で多数の線条となって現れるからである。
③前障 Claustrum
レンズ核の外側に外包という薄い白質層を隔てて存在する薄っぺらな核で、ちょうど島の皮質の内側に相当して位置している。
④扁桃体 Amygdala
海馬傍回の内部において側脳室側頭部の前端の上蓋にあり、レンズ核のすぐ腹側に位置する大きい核である。
c. 髄質 Medulla
概して大脳半球の深部にある有髄線維の集団である。
これは全体が一続きの広大な実質をなしているが、同系の線維は大小の差こそあれ必ず集団をなして走っている。
それで白質を構成する神経線維をその経過から次の3種に大別する。
①投射線維 Projection fiber
大脳皮質と大脳基底核・脳幹・小脳・脊髄などと連結する線維で、その大部分のものは集まってレンズ核の内側を通っている。
この部を内包といい、外側はレンズ核、内側は尾状核と視床核によって境されているから、大脳半球の水平断面では「く」の字形をなしている。
その中央部が錐体路、その前後には皮質橋核路が通って、運動性伝導路をなし、その他の部分が知覚性伝導路の通路をなしている。
脳弓もまた乳頭体と海馬傍回や視床とを結合する投射線維束がその主体をなしている。
②連合線維 Association fiber
同側半球内の皮質の2点間を連ねる線維で、短いものは隣り合う回転の間を連ね、長いものは遠く離れた皮質の間を結んでいる。
③交連線維 Commissural fiber
左右の大脳皮質の対称部間を連結する線維で、これに属するものは脳梁と前交連とである。
脳梁は系統発生学的には新しいもので、ヒトでは膨大な発達を遂げている。
側脳室の天井をなして、前交連で結ばれている以外のすべての大脳皮質を左右連結している。
前交連は系統発生学的には古いが、脳梁に比べるとはるかに貧弱である。
側脳室の腹側を通って左右の側頭葉下部間および左右の嗅三角間を結ぶ。
Ⅶ 大脳皮質の諸中枢とその機能
大脳皮質の機能はその全般にわたって一様なものではなく、各部位がそれぞれに定まった役割を演じている。
これを機能局在という。
すなわち特定の機能は特定の場所で行われるのであって、このような場所をそれぞれ機能の中枢といい、またそれらは大脳皮質に一定の領域を占めているので野ともいう。
機能的にみて大脳皮質は、運動野、感覚野および連合野に分けられる。
①運動野
中心溝を境にして前方の中心前回を中心とする領域は、筋肉運動を司る運動野で、ブロードマンの脳地図の第4野に相当する。
随意運動を行うにはこの領域から発して、脊髄の前角細胞に向かう神経細胞が必要である。
この皮質第Ⅳ層には、大型で特徴的な形のベッツ錐体細胞があり、この細胞からは最も伝導速度の速い、厚く髄鞘におおわれた線維が出ている。
第4野の神経細胞は細かい随意運動を支配しており、しかも錐体路は交叉しているので、対側の運動を支配することになる。
この運動野においてさらに、体部位に対応する機能局在がある。
この局在はペンフィールドの”運動のこびと”として有名で、運動野の最下部から上方に向かって脳神経領域、頚部、上肢、体幹、下肢の中枢が並ぶ。
この中で、嚥下、構音、発声、表情に関係する部分と手指に関係する部分が特に大きく発達していることは興味深い。
運動野に接する前方の第6野は、運動前野と呼ばれている。
運動前野はより高度に組織化された運動にかかわる。
この部位が侵されると、麻痺がないのに箸や鉛筆が使えないといった症状が起こったりする。
②体知覚野
中心溝の後方、中心後回を中心とする領域で、第3、1および2野がこれに相当する。
主に感覚の統合と識別を司り、第3野はとくに触覚に、第1,2野は主に深部感覚、関節位置覚に関係し、いずれも反対側の感覚刺激を受ける。
この体知覚野にも”知覚のこびと”を描くことができる。
③視覚野
大脳半球内側面の鳥距溝の周囲の領域にある。
ブロードマンの17,18,19野がこれに当たる。
これは左右の眼球の右側半の網膜からくる刺激(視野の左半)が右の半球に、左側半の網膜からくる刺激(視野の右半)が左の半球に受け入れられる。
脳血管障害などでこの領域が侵されると、眼球に異常がなくても物が見えなくなり、これを皮質盲という。
④聴覚野
側頭葉の島に面した側にある横側頭回の中央部にある(41野)。
右耳の刺激は左の半球に、左耳の刺激は右の半球に入る。
⑤言語野
次の2つに分けられる。
a 運動性言語中枢
一名ブローカの中枢として有名で、左の大脳半球(右利きの人で)において下前頭回の後部にある(6野の下の44野と45野)。
これは意味のある言葉を発音するの必要な領域である。
もしこの中枢が機能を失うと、運動性失語症といって発語運動が不可能になる(但し同じ筋を必要としながら呼吸運動・嚥下運動・咀嚼運動などは侵されない)。
b 感覚性言語中枢
ヴェルニッケの中枢ともいい、左側の大脳半球において上側頭回の後上部と、その付近を占めている(すなわち聴覚領の後上方の近くにある)。
これは聞いた言葉の意味を理解する中枢である。
もし機能が停止すると、感覚性失語症といって、言葉は聞こえていてもその意味を理解することができなくなる。
運動性言語中枢は前頭葉にあり、聴覚性言語中枢は側頭葉に存在し、これら二つの言語中枢は連合線維でつながっている。
この経路が立たれても失語が生じ、連合性失語症という。
言語の復唱が侵され、錯誤(言語の混乱)がみられる。
⑥連合野
以上記した中枢はいずれも大脳皮質では第一次の、すなわち下位の単純な中枢である。
だから運動領といってもそれは単に各個の筋を収縮させるだけの中枢で、複雑なしかも調和のとれた運動はさらに高次の中枢によって支配される。
また知覚領では、たとえばポケットの中に手を突っ込んで財布に触れたとしても、ただ触れたという感じだけでそれが財布であることを判断するまでには至らない。
視覚領や聴覚領でも同じで、ただ物が見える、音が聞こえるというだけで、見えるものが何であるか、聞こえるものが何という言葉であるかを知り分けることはできないのである。
体性感覚野と聴覚野と視覚野に囲まれた広い領域が、これらの高次の精神活動や神経機能を司る所で、連合野とよばれる。
これらの高級な神経活動は大脳半球の外側面で行われるのであって、この領域は系統発生学的に新しいので新皮質といわれる。
⑦大脳辺縁系
中枢部。
これは形態学的には、帯状回・眼窩回の後部・海馬傍回・扁桃体などを総括した領域で、系統発生学的には古い大脳部(旧皮質)に属する。
機能的には古くから嗅覚に関係のあることが知られているが、その他の原始的な感覚、大まかな運動、視床下部の自律機能の調整、情動すなわち快感や不快感の形成などに重要な意味をもっていることが明らかになってきた。