◆ C. 自律神経系 ◆
自律神経系はおもに平滑筋と腺に分布して、その運動ないし分泌を司るものである。
したがって自律神経の支配範囲は主として脈管と内臓であるが、このほか汗腺・脂腺・立毛筋・内眼筋などの腺や筋もその支配下にある。
体性神経系は末梢神経で、中枢と週末器官の連絡路であるにすぎない。
自律神経系は形態学的に脳や脊髄との連絡が弱く、それに引きかえて末梢の経過中に豊富な神経節を備えているから、機能的には中枢神経からの支配を受けることが少なく、殆ど独立的に行動している。
平滑筋の運動や腺の分泌が意志に随わず無意識的に、すなわち反射的に起こるのはそのためである。
自律神経系の機能は自主的であるとはいっても、中枢神経から完全に独立しているものではない。
悲しい時に涙の分泌が起こること、怒りに際して顔面が蒼白になったり(血管の収縮)、反対に紅潮すること(血管の拡張)、精神的興奮に伴って心臓の心拍が速くなるなどは、自律神経が中枢、ことに大脳皮質からある程度の影響を受けているしるしである。
自律神経はさらに交感神経系と副交感神経系とに区別される。
この両系は同一終末器官に二重に分布し、反対の作用をおよぼすことが一般である。
以上は生理学的の差異であるが、形態学的にも両者の間にはかなり著しい違いがある。
すなわち交感神経は体性神経系とは独立の一系統をなし、ただ交通枝でこれと連絡しているだけであるのに対して、副交感神経は脳神経および脊髄神経の中に混入している。
それで形態学的に脳脊髄神経と副交感神経とを分離することは、その末梢部すなわち神経が終末器官に分布するところを見届けない限り不可能である。
交感神経では、その末梢枝はほとんど常に血管ことに動脈に伴ってその外膜の中を走っているが、副交感神経には血管との関係は認められない。
■ 交感神経系 Sympathetic nerve
交感神経系は次の3部から成り立っている。
①交感神経幹 Sympathetic trunk
交感神経系の本幹で、脊柱の両側にあり、上は頭蓋底から下は尾骨にまで及んでいる。
その中に20余個の幹神経節が介在するので、全体は数珠のようである。
②交通枝 Rami communicantes
各脊髄神経とそれに対応する幹神経節とを結ぶ短い吻合枝である。
ふつうは各脊髄神経に1条ずつあるが、2条3条のこともある。
交感神経系はこれによって脊髄神経と、またこの脊髄神経を通じて脊髄と連絡している。
交通枝には白交通枝と灰白交通枝とがある。
白交通枝は有髄線維の束で、節前線維(=脊髄側角の神経細胞の神経突起)であり、灰白交通枝は無髄線維の束で、節後線維(=幹神経節の神経細胞の神経突起)からなる。
この両種の交通枝は独立していることもあるが、両者が一本の神経の中に混入することが多い。
③末梢枝
交感神経幹から起こる神経線維束で、内臓・血管をはじめすべての腺および平滑筋に分布する。
主として無髄線維からできているため、色調があまり白くなく、多くは動脈に伴って走り、かつ動脈の壁上に網状の神経叢をつくっている。
神経叢の中にはしばしば神経細胞が含まれている。
交感神経をその部位にしたがって、頭頚部、胸部、腹部、骨盤部の4部に区分する。
Ⅰ 頭頚部
交感神経幹は側頚部において内頚動脈と総頚動脈の後、迷走神経のすぐ内側をほぼこれらと並んで走り、上はのびて内頚動脈神経となり、下は胸部の交感神経幹に続いている。
その経過中にはふつう3個の神経節をもっている。
・上頚神経節 Superior cervical ganglion
極めて大きく(長さ約2㎝、幅6~8㎜)、紡錘形をしている。
その高さは第3~4頚椎に相当している。
・中頚神経節 Middle cervical ganglion
ずっと小さく、およそ第6頚椎の高さにある。
この神経節は欠いていることが少なくない。
・下頚神経節 Inferior cervical ganglion
比較的小さく、第7頚椎の高さで鎖骨下動脈の後に位している。
下頚神経節は第1胸神経節と完全にまたは部分的に融合していることがしばしばで、このような場合にはこれを星状神経節と名付ける。
しかし星状神経節の名は、第1胸神経節または下頚神経節の別名として用いられることもある。
末梢枝は頭頚部の腺性および平滑筋性の器官と心臓とに分布している。
その主なものは以下。
①内頚動脈神経 Internal carotid nerve
交感神経幹の直接の続きとして上頚神経節から上の方へ伸び出し、内頚動脈に伴って頭蓋腔にはいり、動脈の壁上で神経叢をつくりつつ動脈とともに枝分かれする。
その経過中に深錐体神経の枝を出して翼口蓋神経節と連絡し、また眼動脈壁上の神経叢からは毛様体神経節に枝を与える。
②外頚動脈神経 External carotid nerve
上頚神経節から分かれ、頚動脈に伴行してほぼその流域に分布する。
その顔面動脈壁上にある神経叢からは顎下神経節に、中硬膜動脈壁上の神経叢からは耳神経節にそれぞれ枝が与えられる。
③喉頭咽頭枝 Rami laryngopharyngei
上頚神経節から出て、一部は上喉頭神経(迷走神経の枝)とともに喉頭に行き、一部は舌咽神経および迷走神経の枝とともに咽頭神経叢をつくって咽頭に分布する。
④心臓枝
上・中・下頚神経節からそれぞれ1本の上・中・下頚心臓神経を出している。
これらは下って胸腔にはいり、大動脈弓の壁上で迷走神経の心臓枝とともに心臓神経叢をつくり、心臓に分布する。
その末梢の一部は刺激伝導系とも密接な関係を示す。
Ⅱ 胸部
交感神経幹は頭頚部から胸腔にはいり、胸膜の壁側葉におおわれながら胸部脊柱の両側を下り、横隔膜を貫いて腹腔にはいる。
その経過中には10~12個の胸神経節があり、これらは交通枝によって各肋間神経と連絡するとともに、末梢枝を動脈と諸内臓に送っている。
末梢枝の主なものは以下。
①胸心臓神経
上位の胸神経節(通常第2~5胸神経節)から出る細枝で、心臓神経叢にはいる。
②肺枝と食道枝
これらは上位の胸神経節から起こり迷走神経とともに、それぞれ肺神経叢および食道神経叢をつくって肺と食道に分布する。
③大内臓神経と小内臓神経
前者は中位の胸神経節(第5~9)から、後者は下位の胸神経節(第10~12)から起こり、胸椎体の外側に沿って斜に前下方に下り、横隔膜を貫いて腹腔に出て、すぐに腹腔神経叢と上腸間膜動脈神経叢にはいる。
Ⅲ 腹部
交感神経幹は胸部のそれに続いて腰椎の両側を下り、下は骨盤部に連なっている。
その経過中には4~5個の腰神経節があり、これらは一方では交通枝によって各腰神経と連絡するとともに、他方では臓側枝(腰内臓神経)を下記の神経叢に送る。
①腹腔神経叢 Celiac plexus
大動脈の横隔膜貫通部の直下で、腹腔動脈と上腸間膜動脈の基部の周囲にある。
大小内臓神経および腰神経節の臓側枝と迷走神経の終枝とからなる。
②上腸間膜動脈神経叢 Superior mesenteric plexus
上腸間膜動脈の基部を囲む。
③下腸間膜動脈神経叢 Inferior mesenteric plexus
下腸間膜動脈の基部にある。
これらの神経叢の中にはよく発達した神経細胞塊があり、それを主体に考えた場合にこれらを腹腔神経節、上・下腸間膜動脈神経節と呼ぶ。
これらの神経叢から派出する多数の枝は腹大動脈とその臓側枝の壁上で著しい神経叢をつくりながら、これらの動脈に伴行して末梢に走り、骨盤以外の腹部内臓に分布する。
これらの神経節はいずれも脊椎の前側にあるので、脊柱の両脇にある交感神経の幹神経節と対立させて、椎前神経節とよぶことがある。
左右の腹腔神経節を合わせて太陽神経節とよぶ。
この神経節から出る神経が太陽の光のように放射状に走っているからである。
④上下腹神経叢 Superior hypogastric plexus
腰神経節の臓側枝と腹大動脈壁上の交感神経叢の枝が正中部で合して出来たもので、仙骨の前を骨盤腔に下り、骨盤神経叢の形成にあずかる。
Ⅳ 骨盤部
骨盤部の神経幹は腹部のそれに続いて仙骨の前面にあり、各側4~5個の仙骨神経節をもっている。
これらの神経節もまた交通枝によって仙骨神経及び尾骨神経と連絡し、その臓側枝(仙骨内臓神経)は仙骨神経の臓側枝(骨盤内臓神経)とともに直腸と膀胱の外側部で強大な下下腹神経叢(骨盤神経叢)をつくり、直腸・膀胱・生殖器などの骨盤内臓に分布する。
■ 副交感神経系 Parasympathetic nerve system
この神経線維を含有する脳脊髄神経はおよそ次のようなものである。
①動眼神経:毛様体筋と瞳孔括約筋に分布して、その運動を司る。
②顔面神経:涙腺・顎下腺・舌下腺などにいって、その分泌を支配する。
③舌咽神経:耳下腺に分布して、その分泌を行う。
④迷走神経:頚部・胸部・腹部(骨盤を除く)のすべての内臓に分布して、その平滑筋部の運動と腺の分泌とを司る。
⑤仙骨神経の臓側枝(骨盤内臓神経):骨盤の内臓に分布する。