◇胎生時の循環系
胎生時は肺や消化器がまだ活動していないので、栄養や酸素の摂取と炭酸ガスその他の老廃物の排泄は、胎盤を介して母体との間で行われる。
それで血液循環の経路もおのずから生後のそれと趣きを異にしている。
以下、胎生時循環系の主な特徴を上げる。
⒈ 肺循環はまだ呼吸作用に関与していない。
肺動脈と大動脈弓との間には動脈管(ボタロ管)という吻合があって、肺動脈の血液も主として大動脈の中に注いで体循環にあずかっている。
⒉ 左右の心房は卵円孔によって互いに交通している。
したがって体循環から右心房に戻った血液の大半は、右心室を経ることなく卵円孔によって心房中隔を左心房・左心室を通って体循環に流れ込む。
卵円孔の存在は左の心臓にも血液を送って、ポンプとしての訓練をさせるためである。
肺循環がまだ活動していないから、卵円孔がないと左の心臓はほとんど無血状態になってしまうだろう。
⒊ 母体の胎盤から発する一本の臍静脈は臍帯を通って臍輪から胎児の身体に入り、その前腹壁の腹膜下を肝臓に向かって上り、一部は門脈に合流し、一部は静脈管(アランチウス管)となって直接に下大静脈に注ぐ。
胎盤から臍静脈を通ってくる血液は常時、栄養に富む清浄血液であるから、胎児の肝臓で浄化されたり、グリコゲン貯蔵のための糖の収奪を受ける必要がない。
それで肝臓を素通りして静脈管を通るのである。
臍静脈は胎盤で母体の血液から摂取した栄養と酸素を胎児に運ぶ血管であるから、その機能の上から見れば生後の肺静脈+門脈に相当するものである。
⒋ 胎児の内腸骨動脈から起こる一対の臍動脈は、前腹壁の腹膜下を臍輪に向かって上り、臍帯を通って胎盤に行く。
この動脈は胎児から炭酸ガスや老廃物を母体に送り返すもので、機能の上からは生後の肺動脈+腎動脈に相当する。
このようにして胎児では、胎盤からの動脈血は臍動脈から下大静脈に注がれて、体の下半からくる静脈血と混じ、右心房に入る。
そして大部分の血液が下大静脈の開口に向き合って開いている卵円孔を通って左心室へ入り、大動脈から全身に送られる。
一方、上半身の静脈血を集めて右心房に注ぐ上大静脈は、その血流の大部分が房室弁を経て右心室へ入るような向きになっている。
この静脈血は動脈管を経て大動脈に合流する。
この合流点は大動脈弓の三つの大きな枝-右腕頭動脈、左総頚動脈、左鎖骨下動脈より下流に当たるので、これらの動脈によって養われる頭頚部と上肢は、胸腹部と下肢よりも動脈血の割合の高い(酸素と栄養の多い)血液を受けることになる。
胎児の頭部や上肢が下半身より大きく発達しているのは、この理由によるところが大きい。
上下半身のこのような差があるとしても、胎児を養うすべての血液は動脈血と静脈血の混合であって、その一部が動脈を経て母体の胎盤に至って浄化されるわけである。
胎児が生まれると肺の呼吸作用が始まり、これとともに肺循環もその活動を始める。
これに反して動脈管・臍動脈・臍静脈・静脈管はいずれも一定時間ののちに閉塞してしまう。
卵円孔もまた閉じて左右の心房は完全に境されるようになる。
閉塞した動静脈は管腔を失って、結合組織で置き換えられ、索状体としてその痕跡を残す。
すなわち成体に見られる
①動脈管索(ボタロ索)、②臍動脈索、③肝円索(臍静脈索)、④静脈管索(アランチウス索)
はそれぞれ同名動静脈の名残である。
また卵円孔の閉じた後は卵円窩となって、心房中隔の右心房面にその名残をとどめている。
卵円孔は生後も色々の大きさで閉じずに残っていることがあり(20~30%)、これを卵円孔開存という。
動脈管もまれに残存し(ボタロ管開存)、肺動脈と大動脈との吻合を示す。